真夜中の散歩

≪ 第46話「コーヒー豆を輸入したいのです」
SF小説の地図(エセキの丘)

第47話「真夜中の散歩」

 ネラダン(6月)の2日。
 真夜中に私はセア・エットを連れてこっそりと店を出た。
 浮遊光球に先導させて、その光を頼りに北西へ歩き出す。
 しばらく歩くと、数歩先に浮かんだ光球が川面を照らした。
 プスルク川だ。上流のほうから、月面の氷を起源に持つ水が川に注ぎ出す轟々という音が絶え間なく響き渡ってくる。その水は丘を下って、やがて谷間のスリバナト川へ合流することになる。

「きれいねー」
 セア・エットはつぶやくように感嘆の声を発する。
 この町でマシュカンの手下の姿を見ることはなくなったけれど、誰かに目撃されればすぐに噂が広まってしまう。だからこうして、少し危険ではあるけれど、真夜中の散歩に連れ出してあげることにした。

 小さな橋を渡った。対岸にコンコウ砦が聳えている。都政館の武力を象徴するような堅固な砦は、一定間隔で壁に開けられた四角い空隙から漏れる淡い光だけが自身の姿を辛うじて闇から引き離そうとしているが、その威容もほとんど闇に溶けてしまいそうだ。
 それほどに辺りは暗い。しかし妖精は夜目が効く。だから彼女の目には、私が見る夜景とはまた違った世界が見えているはずだ。

 この辺りは国都で一番高い場所だから、セア・エットがここから東を見下ろせば町が一望できるはずだった。
「大きな学堂が見えるのねー。その向こうが市場ねー」
 彼女は嬉しそうに言って指差すけど、もちろん私の目には、所々にちらほらと瞬く明り以外は、全て闇の中に沈んでいる。

「市場すぐ傍にあるのがクグト橋、あっちがヤートン橋」
 セア・エットが端末で見ていた地図の記憶を確認するかのように、楽しそうに1つ1つの建造物を指差していく。
「クグト橋は改修中で通れないのよ」
 私は市場の横で見た工事の光景を思い出しながら言った。
「そこを渡るとまた別の町ねー」
 セア・エットの言葉に、私は小さな声で「そうね」と言って小さく頷いた。橋のかかるスリバナトまでが、実質的に国都が支配する領域だ。その向こうはまた土地が盛り上げられて丘になっている(コノバの丘)。そこは港都アーニグの飛び地の行政区だ。この国の行政区分は本当に複雑で、いまだに全てを把握できているわけではない。

 砦のほうから巡回の歩兵が出る音がした。
 あまり長居しているのも、まずいかもしれない。
「そろそろ帰ろうか?」
とつぶやくと、セア・エットは名残惜しそうに「うん」と答えた。

 ≫ 第48話「落ち着いてください、お嬢様」

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