泊めませんからね

≪ 第7話「幼なじみ」

タンツァ軌道図

第8話「泊めませんからね」

 食事は全て平らげられ、サレカさんが持参した葡萄酒も3本目が底をつこうとしていた。
 サレカさん、お酒に強いのね。
 帰らなくていいのかしら。
 真夜中を過ぎて戸口の内側にいる者は、誰であっても家に泊めなければならない。
 それがこの国の風習。
 私は泊めたくない。だからそれ以上飲むな。
 そう念じていたのに、酒豪のお嬢さんは4本目に手を伸ばした。
 はい。お泊り決定。がっくりと肩を落とす。
 ここではたと重要なことに気づいた。
 どこに泊める?
 客用寝室なんてないし、私の寝室のある向こう側は改装中だと言ってしまった。
 ここに毛布を持ってきて寝椅子で寝てもらうしかないってこと?
「別に、ここで寝るからいいよ」
 サレカさんは気をきかせたつもりでそう言って、寝椅子の敷布を楽しそうにぽんぽん叩く。
 そういう風に気遣うくらいなら、お帰りいただきたい。

「予備の毛布を取ってくるから、少しお待ちくださいな」
 少し慇懃に告げてから、私はまたしても怪しげな格好で扉をくぐり、食堂を抜けて寝室のほうへ駆けて行く。
 ない! 予備は一枚だけ。そういえば去年の暮に古い方を処分したんだっけ。
 もう仕方ない。私の毛布を貸すしかないわね。
 収納から毛布を取り出しながら、背後に人の気配を感じた。
 どういうこと?
 慌てて振り向くと、そこには赤毛の女性が何食わぬ顔で突っ立っていた。
「さ、サレカさん!」
 私は頓狂な声を上げる。
「どうして、ここにいるの! 通行止めだって、あれほど念を押したでしょう?」
「何か手伝おうかなと思って」
 サレカさんは肩を竦める。
「手伝ってもらうことなんて何もありません! さっさと応接間に戻りなさい!」
「ここがイェラの部屋なの?」
 サレカさんは、私の簡素極まりない寝室を眺めている。
「ええ、そうよ。何か文句ある?」
 私は開き直って答えた。
「どこを改装しているの?」
「どこだって、いいでしょ」
「そこ、お手洗いだよねえ?」
「そうね」
 私がぶっきらぼうに答えると、サレカさんは恨みがましい目で、こちらをじっと見つめてくる。
「ほらほら、これを持って行ってちょうだい」
 私は乱暴に毛布を渡し、そのままぐいぐいとサレカさんを押し返すけど、サレカさんは足を踏ん張って抵抗する。何で逆らうのよ!
「ねえ、ここで3人一緒に寝ようよ。向こうの寝椅子をここに持ってきてさ。そしたら皆でお喋りできるよ」
 もう好きにしてちょうだい。
 お喋りですって? 私は眠いわよ。
 急に1日の疲れが体に圧し掛かかってくるような気分になり、私はがっくりと項垂れた。

 寝椅子は簡単な操作で二つに分割できる。敷布を除けて継ぎ目を切り離し、1つずつ寝室に運び込んで、またくっつける。
 サレカさんは寝椅子で就寝すると主張したけれど、さすがにこの状況ではそういうわけにもいかない。私は溜息をつきながら寝椅子に身体を横たえた。
 壁際の寝台には、本来の女主人の代わりに2人の女性が並んで寝そべっている。大きな寝台ではないから少し窮屈そうだけど、寝椅子よりはましだろう。
「あの …… 1つだけ訊いておきたいのだけど、その、あなたのお名前はメイモアで正しいのよね」
 私が言い難そうに尋ねると、仰向けのメイモアさんは不機嫌そうに額に手を当てる。
「そう。私の名前はメイモア。それ以外の名前はありません。サレカはこの年になっても舌足らずで正しく発音できないの」
 その発言にむっとしたサレカさんは、
「失礼しちゃう。言えるわよ。メイモア、メーモア、メモア … 」
「言えてない。メモアに戻ってる」
 メイモアさんは呆れて首を横に振っている。

【作者注】「メイモア」をマリタ語に近いカタカナで記述すると「メイゥモウア」となりますが、あいだの「イゥ」の部分は、幼い子供は正しく発音できないことがあります。でも大人になって発音できないのはサレカぐらいです。

 サレカさんはうつ伏せで枕に顔を押し当てたまま、子供みたいに足をばたばたさせている。
「ねえねえ、イェラはお店を開く前は何をしてたの?」
 サレカさんは屈託ない口調で尋ねる。
 気は乗らないけど、少しは私の話をしないと不自然かな。
「まあ、旅暮らしね。サレカさんのお父様と似たようなもんかな」
 似ていない。お父様に知られたら怒られるかもしれない。
「ねえ、イェラにも故郷の実家があるでしょう? たまには帰らないとご両親が心配するよ」
「私には家がないわ」
 努めて平静に応じる。記憶にある故郷の小さな城には、見も知らぬ人たちが暮らしているだろう。年老いて私を待ちわびる両親などいない。

「え? ないってどういうこと? じゃあ家族は?」
 サレカさんは目をぱちくりさせている。
「サレカ、そういう詮索はよしなさい。失礼よ」
 何かを察したメイモアさんが強い口調で窘める。
「いいのよ、メイモアさん」
 私は微笑んだ。
「サレカさん、私の両親はね、まだ私が小さい頃に亡くなったの」
「 …… え、あ、そうだったの。ごめんなさい」
 彼女は自分の鈍さを恥じるように両手で羽布団を引いて顔を隠す。
「いいのよ。真実だもの。私に血縁者は1人もいない。夫もいないし、子供もいない。だから、この家は私の唯一の居場所なの」
 そう答えて目を閉じた。長い放浪の果てに辿り着いた安住の地。
 いつの日か、外国人としてではなく、周りの人たちと同じように、この国に溶け込んで暮らしていきたいと願っている。
 サレカさんは布団を少し下げて両目を覗かせて
「ごめんね」
 と小さく一言。
「別にいいのよ」
 両親が何故死んだのかという話に至らなくてほっとした。陰惨な真実を、この年若く無垢な女性に語ることは避けたい。メイモアさんはいつの間にか、サレカさんの隣で寝入ってしまった。規則正しい寝息が耳元を掠めてゆく。普段からきちんとしているメイモアさんは、寝姿まで姿勢正しい。
「もう寝ましょう、サレカさん」
「うん、おやすみ、イェラ」
「おやすみなさい」
 私はゆっくりと瞼を閉じた。
 深い疲労感が私を闇の底へゆっくりと沈めてゆく。 ≫ 第9話「辛い記憶と温かな手」

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)