四都の春

≪ 第12話「休日の予定」

国都周辺の月面地図

第13話「四都の春」

 月面に点在する地下都市や農区が地下道と地下水路によって網の目のように連結されて共和国は構成される。各都市の自治権が強く、いわば都市国家連合と呼んだ方がいいかもしれない。それだけに土地の造成の仕方や街並、都民の気質も都市ごとに色合いが異なっている。以前はコビ・マリタ共和国と聞いて一括りでイメージしていた映像が、こうして実際に暮らしてみると細かな差異が分かるようになってきて面白い。

 車を飛ばして農区ヒンタバーを経由して北へ向かう。
 ゲートを抜けると、そこは四都モリエッジ。

 四都はとても小さな町。それだけに四季を通じて町が温暖に保たれ、月のどこよりも早く春の息吹を感じられる。瓢箪型の湖を取り囲むような街並。北が商区で南が住宅地。中州を中継して南北に橋が掛け渡され、橋の上を行き交う人々が時折立ち止まっては湖上を滑る船に向かって手を振っている。私たちは車を南岸の駐機場に降ろし、歩いて橋を渡ることにした。

 暖かくて柔らかい。気候も人々の表情も穏やかで、湖面で乱反射する光の群も陽気に踊っているようだ。小さな女の子が駆けて来て私の脚にぶつかった。子供の母親が「ごめんなさいね」と謝るので、私たちは微笑みを返す。女の子は心浮かれて母親からどんどん離れて橋の先へ行ってしまう。橋を渡ると円形広場。中央の噴水の周りに人々が集まって寛いでいる。正面の小さな建物は四都の都政館だ。両側には都政館を挟むように、そっくり同じ煉瓦造りの建物が建ち並んでいる。

「右手が都立図書館、左手がレストラン。覚えておかないと見分けがつかないよ」
 サレカさんが順に指差して教えてくれる。
「レストランではお弁当を作ってもらえるわ。それを買ってから、船で中州まで行きましょう」
 メイモアさんが言った。今日の彼女はとても穏やかだ。
「賛成、賛成」
 サレカさんが両手を上げて答える。
 港から遊覧船に乗り、先ほど橋の上から眺めた湖に出る。
 私は下から橋を見上げて通行人に手を振ってみる。
 二人も私の真似をした。上から知らない人たちが手を振り返す。
 中洲は岸辺に沿って木々が植えられていて、遊歩道が島の中央広場から放射状に伸びてきている。道を歩いて高台にある広場に辿り着くと、そこには赤土の地面に木造の小屋が建ち並んでいた。小さな村のような風景だ。
 人々もこの風景に自然と溶け込んでいるように見える。
 斧を振り下ろして薪を割る青年、井戸で水を汲む中年女性、駆け回る子供たち。
 どこかで見た絵のようだわ。
 クノキの「農村」かな。それともイーゴの「小さな楽園」かしら。

 お弁当は小さな鉄鍋に入ったマドマナと呼ばれる赤いシチューとお米。サレカさんとメイモアさんは薪で火を起こして鍋をかけ、湯気を立てるマドマナを地面に据えられた木の食卓に並べて、お食事が始まる。この国の人は焚いたお米にシチューをかけて食べる。というより、マドマナとはそういうお料理だ。決して切り離せるようなものではないらしい。だから私が「シチューとお米は別々に食べたい」と言うと、2人は何かとても奇異なものがそこにあるかのような目で私を見つめた。

 でもマドマナの味そのものは私も気に入っていて、近頃は作り方も覚えて家で食べることもある。お米は食べないけど。
「このまえ、市場で買ったファテと一緒に食べたら、意外と美味しかったわよ」
 そんなことを言ってみると、2人はますます訝しげな目で私を見る。
 余計なこと言わなきゃよかった。

 食後に私はコーヒーを淹れるために井戸で水を汲む。
 コーヒーを椀に注いだとき、二人は椀の中をじっと凝視していた。
「はい。どうぞ召し上がれ、お嬢様」
「これ …… なんだか黒いよ。飲めるの?」
 サレカさんは椀を両手で持ち、液面を眺めながら恐る恐る訊いた。
「ぜひ試してみてちょうだい。コーヒーというの。月世界ではとても貴重なものなのよ」
「コーヒー。映画では見たことあるけどね」
 サレカさんは杯に口をつけてちびりと口に入れる。
「苦い」
 と顰め面をするサレカさん。
「だめかしら。もう少し飲み続けたら慣れてきて美味しく感じると思うわよ」
 メイモアさんは文句も言わずに口をつけている。
 でも美味しいとは決して言わない。
 安い豆じゃないんだけどな。
 わからないかしらねえ。この香り、この味わい。
「私は紅茶のほうがいいなあ」
 サレカさんはすっかり諦めてしまって、水に切り替えている。
「それ、井戸から汲んだ生水よ。沸かさなくていいの?」
 私は口に運びかけたスプーンを止めて忠告する。
「え。どうかな」
「やめなさいよサレカ。お腹壊すわよ」
 隣に座るメイモアさんがコップを取り上げ、バッグから魔法瓶を取り出して椀に紅茶を注いでサレカさんに手渡した。
「最初から出してくれたらいいのに」
 サレカさんは目を丸くする。
「だって …… 」
 メイモアさんは申し訳なさそうに私のほうを窺っている。
 気の回しすぎよ、メイモアさん。
「メイモアさんも紅茶をどうぞ。慣れないものを無理に飲まないほうがいいわ」
「いいえ。私はこれで。意外に美味しいわ」
 彼女はまたコーヒーを一口。
 本当に強情なんだから。 ≫ 第14話「二都の歌姫」

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