二都の歌姫

≪ 第13話「四都の春」

第14話「二都の歌姫」

 食事を終えてから、しばらくくつろいでいると、
「散歩しよう! 岸に沿って島を1周しよう!」
 サレカさんが元気いっぱいに提案する。若いってうらやましい。
「こんな小さな中州、1時間もあれば2周できるわよ」
 メイモアさんは視線を水辺のほうに向けながら答えた。

 私たちは来た時とは別の道を通って岸まで歩く。
 そこから水辺に沿ってお喋りしながらゆっくりと散策する。

 橋脚が建つ所に差し掛かった時、頬にぽつりと何かが当たった。
 あら? そしてまた、ぽつり、ぽつり。
 私たちは思わず上を向く。
「今日は雨の日だったかしら?」
「四都の雨は無作為なの」
 サレカさんが答える。
「まあ大変。傘もないのに」
 頬に当たる雨粒の数がどんどん増えてくる。
「急いで小屋まで戻りましょう!」
 メイモアさんが叫ぶと同時に、私たちはまた別の道を通って広場へ向けて走り出す。
「わあ降ってきた! 酷いなあ。こんな日ぐらい、雨なんか止めておけばいいのに」
 サレカさんは走りながら自分勝手な文句を言っている。

 私たちは広場に辿り着き、急いで小屋の一つに飛び込んだ。
 よその家族連れの人たちも大勢雨宿りしている。
 今や大粒の雨が勢い良く窓硝子を叩く音が響いている。
「ふう。災難ですなあ」
 隣に立つ気のよさそうなおじさんが話しかけてきた。
「ええ。さっきまであんなに良いお天気だったのに」
「四都の天気は移ろいやすい、と昔から言いますからな」
「ええ」
 私は曖昧に笑う。よく知らないし。

「わしなんかね、自宅でゆっくり過ごすつもりだったんですよ。でも女房や末の息子にせがまれて仕方なくね。それで雨なんかに降られた日にゃ、もう災難としかいいようがないですなあ」
 そう言いながら、足にしがみつく幼い息子の頭を撫でる中年男性の表情は幸せそうだった。急に空が暗くなったこともあいまって、私の心を鋭い針でちくりと刺されたような気がした。

「あらあら。お嬢さんたち、ずぶ濡れじゃないの。これを使いなよ。汗拭き用に持ってきたやつだけど、この2枚はまだ使ってないからさ」
 男性の奥さんがタオルを渡してくれた。
 私はお礼を言いながら受け取って、2人に1枚ずつ渡そうとしたけれど、いつも用意周到なメイモアさんが、
「私はハンカチを3枚持っているから、それで何とかするわ」
 と言ったので、サレカさんと私がタオルを使うことになった。髪の毛と首筋を拭き、衣服から少しでも水分を吸い取ろうとタオルを当てる。

「にわか雨だよ。雨が上がったら大きな焚火をしよう。それに当たればすぐに乾くさ」
 後ろにいた別の若者が言った。
 彼の予告どおり雨はすぐに上がった。外へ出ると、あちらこちらの小屋の戸口から人々が嬉しそうに飛び出してくる。男たちは小屋の中に保管してあった薪を持ち出している。

 しばらくは誰もが無言のまま激しく吹き上がる炎と立ち昇る煙を見つめていた。炎を挟んで私たちと対面に座っていた若者たちがいる。その中の1人の女性が友人たちから促されるようにして立ち上がった。

 コビ族とマリタ族の特徴をちょうど半分ずつ受け継いだような美しい混血女性。髪は黒いのに瞳の色素は薄い。彼女は一呼吸置いてから、胸に手を当て顔を少し上向けて口を開いた。
 唇から透明な旋律が零れだす。

「ほら。二都のアヒトカ・ティーマよ」
 メイモアさんがサレカさんに囁く。
 その言葉が2つ隣に座る私にも微かに届いた。
「去年の新年前夜祭で国都に来たでしょ」
 メイモアさんが確認するように言った。
「あ、本当だ。アヒトカさんだ」
 サレカさんが嬉しそうに答えた。
 その場に居た誰もが息を呑んでアヒトカの歌声に耳をすませた。
 二都スクリタは芸術の都。
 そこで生まれ育った彼女の歌は洗練されていて美しい。

 歌が終わる。彼女は目を閉じて余韻が収まるのを待った。
 彼女が一礼すると、周囲から一斉に拍手が巻き起こる。
「綺麗な歌声ねえ」
 私は感心しながら呟いた。
「うん。歌なら私も自信があるんだけどね。彼女には負けるかなあ」
 サレカさんが言うので、私は思わずメイモアさんの顔を見た。
 メイモアさんは不機嫌そうな顔して頭を横に振る。
 私は「やっぱりね」と思った。

 天蓋スクリーンに映る擬似太陽が地平線へ触れようとしている。
 そのぶん炎はまた新たな生命力を得たかのように輪郭を明瞭にしてゆく。私は両手を前に出して炎にかざしてみる。

 血塗られた私の手。炎よ、どうかこの手を浄化して。

 炎の動きに同調するかのように、心の中で色々な感情が渦巻きだした。

 幸福感と寂寥感。
 かつての仲間たちに対する後ろめたさ。
 そしてあの人に対する想い。
 月面の難民キャンプから連れ出して広い世界を見せてくれた人。
 私を愛してくれた人。私が恋した人。

 ねえ。あの小さくて痩せっぽちだったイェラが長い流浪の果てに安住の地を見つけたの。喜んでくれる? 私はこの月で生きて、この月で死ぬわ。そう決めたのよ。

 天を見上げて心の中でそっと呟く。
 2度と会えない人たちに想いを馳せる。
 生き延びて欲しい。切実にそう願う。
 それがおそらく叶わない願いであると知りながら。
 やがて陽が落ちて四都は暗闇に包まれた。
 炎はますます鮮やかに踊り出し、共和国の休日が終わることを告げていた。
 ≫ 第15話「小さなお客様」

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