資源開発機構と自由都市群

[SFアイデアメモ] 資源開発機構と自由都市群

資源開発機構

 調査・開拓時代末期の1900年代においてドゥーシーは最果ての恒星の一つであった。エラカダ人による最古の踏査記録は1811年であるが、小さな太陽と双子惑星のみで構成されるこの領域は魅力に乏しく、以後ほとんど顧みられることはなかった。
 2100年代に入ってようやく最初の軌道植民団がドゥーシーに到達するが、本国からの補給なしで軌道都市を維持することは難しく、十年ほどで計画は頓挫し撤退する。
 2300年代、アルガヴ(アルグアーヴ)のスールスール人たちが惑星資源を目当てに二万人規模の五都市を建設する。元来は帝国へ採掘資源を輸送する役目を担った行政機関(資源開発機構)であったが、帝国が滅亡すると自給体制を構築せざるをえなくなる。農村を建設し、資源を周辺星系に輸出しながら緩やかな人口成長を見せ始める。
 

自由都市群

 2500年代。孤立文明時代が終わって恒星間が有機的に結び付けられるようになると、ドゥーシーは交易の中継点として活気を帯び始める。当時はまだ恒星間基地ダーリーⅠは存在しておらず、アルガヴ、テアト、トロクグ、カブラル間を往来する船の多くはドゥーシーを燃料補給、或いは積荷引渡しに利用した。多様な民族、言語、文化の織り成す独特な風土の中でドゥーシーⅠのインシャント・パレー、ドゥーシーⅡのネビルタを代表する惑星軌道都市群が形成されていく。彼らの多くはウアドゥ宙域内に由来する人々である。星図に描かれている宙域という区分はその内部で活発な交流が行なわれていることを暗示してはいるが、それはあくまで現代の話であって、2500年代は星々が結び付けられて宙域というネットワークが形成されつつある段階だった。それ以前は宙域内においても恒星間航行は大変なエネルギーと時間を要していたのである。この時代の人々はドゥーシーのみならず、他の恒星系でも異文化と接触を始めたばかりであり、そうした意味でドゥーシーは時代を象徴する存在だった。新世界の形成過程はそれ以前の計画植民による生活圏拡大とは様相が全く異なっている。そこに母体文明の政治的意図が与える影響は小さく、人々は自由な意思で住むべき土地を発見し、開拓や商業活動によって富を蓄えて自らの政府を形成していった。ドゥーシーⅠにおける自由都市群と資源開発機構との戦いの歴史は、そのまま新世界と旧世界の戦いの構図に置き換えていいと思う。

 以降はドゥーシーⅠとドゥーシーⅡに分類して歴史を解説していくことにする。双方は互いを衛星と見ていいほど隣接した双子惑星であり、そこに複雑な交流があったのは確かだが、幸いなことに両惑星それぞれにおいて大まかな政治的枠組が形成されてきた歴史があるので、その枠組に頼って記述の簡便を優先することをお許し願いたい。

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