二者択一

≪ 第64話「からくり」

第65話「二者択一」

 本来であれば、ここは滅多に人が降りて来ないはずの場所だ。
 城の頭脳が完全に機能している時は、日々の糧は貯蔵室から食堂まで運搬リフトで送られていただろうし、エレベーター、電気、水道、換気などの各種システムも自動で調整されていたはずだ。戦時の防衛戦術なども領主と「城」の対話によって決定されていたと思われる。
 人が制御室に立ち入る必要があるのは何か異常事態が起こった時だろうし、また同時にここから先は厳重に立ち入りが制限されるべき階層だろう。それだけに、この場所の探索には相当警戒しなくてはならない。
「この部屋(エレベーター)は管理責任者のものだったのかしら」
 私は背後の扉を振り返ってモーゲンに尋ねてみる。
「かもしれませんな。寝台も家具調度も単なる擬装というだけでなく、管理者が実際に単身で寝泊りして、侵入者や非常事態に備える場所だったのかもしれません」
 モーゲンは手で自分の顎を撫でながら答えた。
「壁に掛かっていた肖像画は管理者さんの奥さんかな? 綺麗な人だったよね」
 サレカさんがそんなことを言うので、
「今はそんなこと、どうでもよろしい」
と窘めると、ちょっとだけむっとした表情をした。

 東と南に通路が伸びていた。
 東の通路は灯りが消されていて通路の先が闇の中に沈んでいる。
 今この場にいるのは私の他にサレカさん、メイモアさん、モーゲン、ルクアトブ、ゴドレバ、パラヤの七人だ。ヤクトビは別の場所を探していたので上に残っている。私は腕輪でヤクトビに連絡を入れ、他の階層に行って何か仕掛けがないか探してほしいと頼んでおいた。

「何か罠があるといけないから、追尾装置で通路の先を確認しておきましょう」
 私は耳飾りを外して宙に投げてから、
「東と南、どっちから探索する?」
 誰にともなくそう訊いてみる。
「南!」
 間髪入れずにサレカさんが答えた。
「 …… それって何か根拠があるの?」
「別に。ただの直感」
 サレカさんは無邪気な口調で答えた。
 この状況で、このお気楽さ。
 この子、実はかなりの大物かもしれないわね。
 そんなことを思いながら追尾装置を南の方角に進ませて、腕輪を起動して装置が送る映像を確認する。しばらく進んだ所で扉に突き当たった。
「貯蔵室かな?」
 サレカさんが期待を込めてそう言うけれど、さすがにそこまではわからない。しかし厳重に閉ざされた様子から、その可能性は十分にありえそうだ。
「貯蔵室でなくても何か大切な場所なのでしょう。しかしこの階層はもう見取り図には載っていませんからなあ」
 モーゲンが映像を見ながら答えた。
 特に危険もなさそうなので、私が先頭に立って実際に南通路を歩いて行く。万が一に備えて、他の人たちは私より三歩ほど離れてついて来てもらうことにした。突き当りに達すると、念のために扉を開けようと試みてみるけれど、びくともしないし、開閉のための画像パネルはどこにも見当たらなかった。
「扉の向こうに何があるかはっきりしない限りは爆弾は使えない。これひとつしかないんだから」
 私は溜息をついてそう言った。
「とりあえず、もうひとつの道を探ってみようぜ」
 ゴドレバがそう促すので、追尾装置を引き返させて今度は東通路へ向かわせる。追尾装置は緩やかに傾斜する細長い通路を下ってゆく。通路の灯りが消されているので真暗だけれど、追尾装置は赤外線カメラを備えているので映像を確認するには支障がなかった。
「長い通路だな」
 ルクアトブが画面を見ながらつぶやく。
「この階層に城の重要な機能が集中しているとすれば、万が一にも敵に侵入されることを考えて防ぎやすくしてあるのでしょう」
 私は画像に指を触れて追尾装置の飛行速度を上げる。
 それからしばらくして、またしても扉に行く手を塞がれた。
「なんてこった、ちきしょう!」
 ゴドレバが天を仰いで叫ぶ。
「どっちの道も塞がれていたら手の打ちようがないよ!」
 パラヤも悔しそうな口調でそう言うけれど、
「落ち着いて。これぐらいの厳重さは当然のことよ」
 私は頭の中であれこれ対策を考えながらそう答えたものの、内心ではかなり焦っていた。二者択一でどちらかの扉を爆破するべきだろうか? それはあまりにも危険な賭けに思える。

「不思議とお腹は空かないね」
 しばらく皆であれこれ話し合っていると、サレカさんが自分の指輪時計の上に浮かぶ小さな画像で時刻を確認しながら言ったので、もうすでに夕刻を迎えていたことに気づく。
 昼から食事は抜かれているから、全員が朝に食べたきりだ。
「軍用携帯食の栄養価は高いから腹持ちするのよ。1日にひとつ食べるだけでも十分に活動できるようになっているの。あまり食べすぎると太るわよ」
 私がそう答えると、
「そうですか? 私は腹が減ってたまらんですなあ」
 モーゲンは突き出たお腹に手を添えながら言った。サレカさんが
「少しはダイエットしたほうが …… 」
と言いかけると
「失礼なことを言わないの!」
 メイモアさんが慌てて窘める。

 ともかく実際に東へ行ってみようということになったけれど、
「罠があるわね」
 直感でそう告げた。あの暗くて狭い通路の映像が頭の中に警戒音を鳴り響かせる。
 長年の遺跡探索者として鍛え上げられた経験が告げる確信に近い予測だった。
「落とし穴とか?」
 サレカさんがそう言うので、
「 …… なんて貧困な発想なの」
 メイモアさんが呆れたように言って額に手を当てる。
「いえ。侵入者を防ぐ目的なら、そういう単純な仕掛けでも十分よ。それがあるとわかっていても容易に先に進めないから」
 そう答えると、サレカさんが嬉しそうに「ほらね、ほらね」とメイモアさんの肩を軽く押す。

 落とし穴でないにしても、サレカさんの言うように床を踏んで作動する罠であれば、跳躍のブーツの力で跳び越えることも可能だとは思うけど、それも場所が分かっていればの話だ。ここで「広範囲探知」できないのが痛い。あの高価な指輪を妖精さんに譲り渡してしまったことを少し後悔した。長年苦楽を共にした分身を失ったことは、私が引退を決意する大きな要因のひとつにもなった。指輪がなければ、私の探索能力などたかが知れている。ダッシィマは常日頃から「道具にばかり頼らず感覚を磨け」と言っていたけれど、誰もが彼のような高みに達することができるわけでもないし、才能にはそれぞれの限界というものがあると思う。私は探索能力も戦闘技術も仲間たちに遠く及ばないことを自覚していたから、色々な装備を集めて能力の差を補っていたのだ。
「 …… でもやっぱり彼の忠告を聞いて、限界ぎりぎりまでは努力したほうがよかったかも …… 」
 無意識に胸の内の声をこぼしてしまったので、
「なんのこと?」
 パラヤが訝しげに私の顔を見つめる。
「え? ううん。何でもないわ」
 慌てて誤魔化すように苦笑して首を横に振る。

「扉のどちらか一方から、ザナシーか手下が出てくるはずですな」
 モーゲンがそう言うので私は頷く。
「そうね。そうすれば追尾装置で彼らの行動を追って有用な情報を得ることができるかもしれないし、あまり乱暴な方法を使わなくてすむかもしれない」
「いつ出てくるのかな? どっちから出てくるのかな?」
 サレカさんがそう尋ねた。
「そう。まさにそれが大問題なのよね」
 私は腰に両手を当てて大きな溜息をついた。

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)