ザナシーと合言葉

≪ 第56話「脚のない橋」

第57話「ザナシーと合言葉」

 古城は橋を失い、私たちは外界から完全に孤立した。
 サレカさんとメイモアさんは、まだその事実を受け入れられない様子で、茫然と突っ立ったまま、城を囲む深い濠の映像をじっと見つめている。
「あの橋は城主ジャリー・モマー自らが設計したものだ。まさに芸術の極み。そう。遠い時を経ても稀代の建築家の魂はまだこの城に宿っている」
 ザナシーは遠い所に思いを馳せているような口調で呟いた。その声に現実感は乏しく、傍から見ると、彼はまるで半分夢の世界で生きているように思えた。
「冗談じゃないよ! こんな馬鹿なことがあってたまるもんか!」
 例の髪を青く染めた女が叫んでザナシーに詰め寄って胸ぐらを掴む。
「悪ふざけも度が過ぎるよ! さっさと橋を元に戻しな!」
「今はまだその時ではない」
 ザナシーは平然とした口調で答えた。
「数百人の人間がこの城にいるんだぞ! 食い物もないのに3日だってもつもんか!」
 ルクアトブが言うように、この城には私たち以外に活動家や観光客がたくさん訪れている。地上階ではすでに大騒ぎになっているだろう。各階にいる人々にも事態が知れ渡れば確実にパニックが広がる。
「心配しなくていい。この日に備えて、この先1年間は不自由なく暮らせるように、貯蔵室に食料を蓄えておいた」
「ふざけるな! お嬢様たちをこんな所に1年も閉じ込めておくわけにいくか! 誰が何と言おうと今すぐ連れ帰る!」
 ヤクトビが再び腰に差した剣の柄に手をかける。
 もちろん、今度ばかりは私も制止するつもりはない。

「私を切ってもいいが、貯蔵庫の扉を開けることも、橋を戻すこともできなくなる。合言葉を知っているのは私だけだからな。このまま城で飢え死にしたければ好きにすればいい」
 ザナシーは淡々とした口調で答えたので、
「待ちなさい! ヤクトビ!」
 私は叫んでヤクトビを制止する。
「合言葉? そうか、それはいいことを聞いた。おまえを殺さなくても口を割らせる方法はいくらでも心得ているぞ」
 ヤクトビはこの場を凍らせるような冷たい口調でザナシーを脅す。
「あらゆる苦痛に耐えると断言するほど自惚れるつもりはないが、私の頭の中には、私自身の決意次第でいつでも自害できる機械を埋め込んである」
 ザナシーはそう言って、自分のこめかみを指差して微笑んだ。
 はったりではないと思う。この男ならやりかねない。
「ヤクトビ、ここは堪えて!」
 私は慌ててヤクトビが短気を起こさないように諌める。
「ちくしょう!」
 ヤクトビは唇を噛んでザナシーから一歩後退った。

「いったい何が目的なの?」
 私はつとめて冷静な口調で尋ねる。
「目的? これは運命だよ。こうなることは、この世界が時を刻み始めた頃から決まっていたことだ。私はその運命にしたがって動く歯車にすぎない」
「意味不明なこと言わないで! あなたたちが自分で計画したことでしょう!」
 眩惑的な返答に頭に来て、思わず腰の刀に手をかけたけど、
「イ、イェラ、落ち着いて!」
 背中にサレカさんの声を当てられて冷静さを取り戻した。
 ふとヤクトビのほうに目をやると、彼は呆れたような目でこちらをを見ていた。
 なにか文句ある? だって頭にきたんですもの!
 私は目線でそう告げると、ヤクトビは「やれやれ」という表情で頭を横にふる。
「運命だよ。その証拠に、このうえなく身分の高い方々が、まさに今日という日に、この場に居合わせているではないか」
 ザナシーはサレカさんとメイモアさんのほうを見て満足げな様子で言った。
 彼女たちは怯えたように互いに身を寄せ合う。

 極めて厄介な状況であることを私は悟った。この男の目的が何であれ、それは身代金を得ようという類のものではなさそうだ。口では瞑想で心を平和にするとか言いながら食料を盾に人々を脅している。彼自身がその矛盾にまるで気づいていないことがひどく不気味に思えた。ザナシーの狂気に満ちた行動原理を他人が窺い知るのは容易ではなく、次の一手が非常に読みにくい。

「何が目的か知らんが、まったく馬鹿げている。国中が大騒ぎになるぞ。ご主人様はすぐに軍を出動させるだろう。タタン(市場)も重装歩兵隊を送り込んでくる。おまえは貴族と市場の両方を敵に回しているんだ。こんな城などすぐに落とされる」
 ヤクトビは苛々した口調でそう告げるが、
「ここは戦国の世にジャリー・モマーが築いた難攻不落の城塞だ。はたして今の共和国の力で落とせるかな。いずれにしても結末は運命のみが知っている。ただそれだけのことだ」
 ザナシーはまるで他人事のような口調で静かに答えた。 ≫ 第58話「閉ざされた城門」

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