軌道防衛統率武官と対面しました

≪ 第48話「落ち着いてください」

第49話「軌道防衛統率武官と対面しました」

 バテアト家を訪ねるのは初めてだったけど、家の構造は以前にお邪魔したヤゴイ家とよく似ていた。入口から短い通路をたどって大きな中庭に出ると、そこから広間や食堂、個室へと通じる扉が備えられている。
「暖かいわねえ」
 外の冷気に晒されて縮こまった身体の筋肉がゆっくりと柔らげられてゆく。ヤゴイ家と同様、中庭は春の気温に調節されていて、樹木が青々と生い茂っていた。
「それにしても贅沢な造りねえ」
 私は目を細めて中庭の木々を眺めていると、
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! はやく、はやく!」
 サレカさんは急かすように私の腕を掴んで広間に引張って行く。

 そして私は軌道防衛統率武官フクトブ・バテアトと対面した。
 これが優しいおじさん? 私は思わず目を疑った。
 どう見たって怖いおじさんだった。
 ひと目で武人とわかる立ち姿。メイモアさんより頭1つはゆうに超えるほど背が高く、全身の筋肉は引き締まっている。1本の太い竜骨で支えられているかのように背筋が伸びている。口元には切り揃えられた鬚が蓄えられていて、強面な印象をさらに増し加えている。彼は全てを射通すような鋭い眼差しでこちらを見据えた。

「何者か!?」
 バテアト卿は詰問するような口調で尋ねた。
「近所で店を営んでいるイェラ・リペンダと申します」
 私は愛想よく答えた。バテアト卿の傍らに立つバテアト夫人が
「ほら、以前にお話したでしょう? 色々と珍しい物を扱っているお店があるって」
と言って私を紹介してくれる。私は以前にバテアト夫人や他の御婦人たちを店の応接間で接待したことがあるから、彼女とは面識があった。
「今、忙しいのだ。用があるなら、またにしてもらいたい」
 バテアト卿はいくぶん声を落ち着かせて「あっちへ行け」という口調で言った。
 そうですよねえ。お邪魔ですよねえ。
 どう考えたって部外者がでしゃばるような状況じゃないし。
「イェラだってね、この結婚を応援してくれているんだよ」
 サレカさんがとんでもないことを言った。
「ええ!? 私、そんなこと、ひと言も …… 」
 台詞を言い終わらないうちにバテアト卿は血相を変えて
「なんだと!? おまえもぐるなのか!?」
と怒鳴った。ぐるじゃありません。

「わしは生まれてこのかた、これほどの侮辱を受けたのは初めてだ!」
 バテアト卿は視線をルクアトブに戻して叫んだ。
「あんまりです! お嬢様、この人はあんまりです」
 恰幅の良い中年女性の召使が顔を覆って大泣きしていた。
 召使にまで、こんなふうに嘆かれる彼氏って、いったい何だろう。
「こんなはずはない。俺の歌が通じないなんて」
 ルクアトブは、赤くなった頬をさすりながら「信じられない」という目でバテアト卿を睨んでいる。

 ああ、もう殴られたんだわ。何だか妙に冷めたような気分でルクアトブの姿を眺めながら、そんなことを思った。でも一発殴られたぐらいでは、彼のずれた感覚は直らなかったようだ。彼はまた大きな声で
「おお~♪ どうして通じな~い♪ どうして届かな~い♪」
と歌いだしたのだ。

「おのれ! 許せん!」
 バテアト卿が拳を振り上げる。
「やめて、お父様!」
 メイモアさんが父親の腕にすがって止めようとする。
「とにかく、わしはこの男が好かんのだ!」
 バテアト卿はメイモアさんを押しのけながら叫んだ。
 全く同感です。私はそんなふうに思いながら、
「ええと、まあ、とにかく落ち着いてください」
と気のない口調でバテアト卿を宥めるけれど、
「そうです~♪ お父さ~ん♪ 落ち着いて話し~合おう~♪ そうすれば~、いつかきっと、わかりあえ~るぜ~♪」
 ルクアトブが肩と足でリズムを取りながら、また歌い出したので、バテアト卿の機嫌をさらに損ねた。こう言ってはなんだけど、ルクアトブは歌が下手だった。そのずれた音程が余計に人を苛々させるのだ。 
「歌うなあ!!」
 私が大きな声で叫んだので、ようやく彼は口を閉じた。

 ≫ 第50話「父親の怒り、彼氏の逃走」

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)