母親の嘆願

≪ 第58話「閉ざされた城門」

第59話「母親の嘆願」

 このまま中庭にいても何もすることがないので、私たちは再びエレベーターに乗って地下の広間に戻った。
「こんなのってないわ! 今すぐ家に帰りたい!」
 広間に隣接した個室に入ると、メイモアさんが両手で顔を覆って泣き出した。
 はあ? ついさっきまで、ずっとここで暮らすようなことをおっしゃっていませんでした?
 そう言いたくなったけれど、これ以上泣かれても困るので、その言葉はぐっと呑みこんだ。
「おー、かわいそうなメイモアー! なんという悲劇! 俺には何もしてやれることがない! それが悔しいぜー!」
 唐突にルクアトブがギターを掻き鳴らしながら歌い始める。
 うるさい。できれば別の方法で慰めてほしい。
「下手な歌はやめろ! イライラする!」
 ヤクトビの抗議の声が広間に木霊する。
「下手とはなんだ!」
 ルクアトブが言い返す。

「そんなことで喧嘩している場合じゃないだろ」
 例の青い髪の女が溜息混じりに言った。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
 私は何気なくそう問うと、
「パラヤ」
 彼女は目をこちらに向けてそう答えた。
「地元の子?」
「まあね」
「とんだ災難に巻き込まれたわね」
「ルキやゴーダみたいな連中とつるんでたら、たいていろくなことにならないのさ」
 パラヤは冗談まじりにそんなことを言う。
「おいおい。そりゃないだろ」
 ゴドレバがそう言って、煙草の煙をふうと吐きだした。
「あんたは外国からの観光客?」
 今度はパラヤが訊いてきた。
「タンツァ人だけど、観光客じゃないわ。もう1年近くもこの国で暮らしてる。でもあと2年滞在しないと国籍をとれないのよ」
「ふーん。そんな遠いとこからやって来て、こんな目にあっちゃ、それこそ災難だね」
「こういうことには慣れてる。別に人生最大のピンチってほどでもないわ」
 少し自嘲気味に答えると
「 …… あんたも色々と苦労してるんだね」
 パラヤは同情を込めてそう言った。

「あの人、いったい何をしたいのかな?」
 サレカさんが誰にともなく、そんなことを訊いた。
「さっぱりわからんね。ザナシーの考えることがわかったら、そりゃ頭がいかれちまったってことになるしな」
 ゴドレバが冗談を言うけれど、誰も笑う気分になれなかった。
「外と連絡もとれやしない!」
 パラヤが自分の腕輪端末を何度も叩いてネットにつなごうとするけれど、「通信不能」という赤い文字が表示されるだけだ。
「そりゃ城だからな。強力な通信遮蔽装置も備えられているのさ」
 ヤクトビが突き放すような口調で言った。
 彼の言う通り、短距離用の通常電波も、惑星間通信用の亜空間ネットも完全に寸断されていた。
 外では今頃大騒ぎになって緊急報道番組が流れているはずだけど、それを見ることもできない。

「夕食の時間だ。地下2階の大食堂に集まりなさい」
 城内に食事の時間を告げる声が響いた。
「食事だってさ」
 サレカさんが溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
「こういう時だからこそ、しっかり食べておきましょう。いつ訪れるかわからない脱出の機会に備えて、常に体力を維持しておくのは大事なことよ」
 私は背後からサレカさんの両肩に手を添えて励ますように言った。

「何なのこれ?」
 瞑想派の配給係から食事を受け取ると、メイモアさんが「信じられない」という口調でつぶやいた。彼らの言う「食事」とは1枚の板状の携帯食料だったのだ。私はこういう物にも慣れているし、子供の頃にひどく飢えた経験もあったから、食べる物があるだけでありがたかったけど、毎日こんな食事が続けば普通の人たちには辛いだろうと思う。
「これが食事だってのか! ふざけんな!」
「おまえたちは、もっといい物を食ってるんじゃないのか!?」
 食堂に人々の抗議の声が響き渡る。
「我々も同じものを食べている。文句があるなら食べる必要はない」
 瞑想派の1人が冷たい声音で応じる。
「でも味はそんなに悪くないよ」
 意外にもサレカさんが文句も言わずに、もくもくと携帯食料を齧っているのを見て、私は少し感心した。

「まあ、確かに味は悪くないわね。軍用携帯食だから栄養も十分だし。水と交互に摂るようにしてね。そうすると、お腹も膨れるようになってるから」
 私はそう言いながら、ゆっくりと食事を進める。
「ぎりぎり悪くないって程度だ。2、3日なら我慢できるかもしれないが、これが続くと、精神的にまいってくるだろうな」
 1人の若者が大きな溜息を吐く。
「そもそも、食料自体、いつまで配給されるかもわからんぞ」
 別の誰かが不吉なことを言うので、
「十分に用意しているはずよ。あの人たちだって、食料がなくなれば、皆の怒りが自分たちの身に降り注ぐことは十分に承知しているでしょう」
 私は慌てて不安が伝染するのを打ち消そうと努める。首領のザナシーはともかくとして、その手下たち全員が自身の生命に無頓着だとも考えにくい。

「あ、あの! お願いです! この子たちだけでも外に出してやってもらえないでしょうか!?」
 食事が終わる頃になって、2人の幼い子供を連れている若い母親がザナシーの傍に寄って必死に嘆願する。
「それはできないし、また必要もない。その子たちにとっても、ここで心を清めることが一番の幸せなのだ」
 ザナシーは目を細めて淡々と諭すように答える。
「そんな! どうか、お願いですから!」
 女性はなおもすがるように言うが、ザナシーは黙って首を横に振るだけだ。
 私は見ていられなくなって、彼女の傍に行って援護する。
「お願いよ、ザナシー。こんなに大勢の人質がいるんだから、子供たちを解放したところで困ることはないでしょう?」
「君は何か勘違いしているようだが、我々は君たちを人質にとっているつもりなどない。君たちの心を救おうとしているのだ」
 絶望的なまでに話が噛み合わない。
 この男には人に共感する能力がまったく欠けている。彼は「平和」という言葉を念仏のように繰り返すが、今この場にいる人々の悲嘆や苦痛をひとつも感じ取ることができないのだ。
「あなた、ろくな死に方しないわよ」
 私は胸の内から溢れる怒りを抑えるように歯ぎしりする。
「怒りはよくない感情だ。瞑想して捨て去りなさい」
 ザナシーはそう言って、何事もなかったかのようにその場を去って行った。

「大丈夫だよ。きっと出られるからね」
 サレカさんが腰をかがめて、幼い子供たちを抱きしめて慰めている。
 まだ3歳になるかならないぐらいの男の子と女の子だ。
「どっちが年上なの?」
 私は落胆する女性を力づけようと、肩に手を置いて尋ねる。
「あ、双子なんです」
 彼女は力なく微笑んで答えた。
「まあ。そうなの。本当にかわいい子供たちね。大丈夫よ。サレカさんもいるし、私もあの子たちのことは何があっても絶対に守るから。ね?」
「はい。ありがとうございます」
「お名前を伺ってもいいかしら?」
「私はタピアド、子供たちシェマイドとブレーガ」
「 …… ええと、どっちの子がシェマイドなの?」
「は?」
 タピアドが目を丸くして私の顔をじっと見つめる。
「 …… いえ、あの、どっち?」
 少し戸惑いながらも再び問いかけると、
「ぷ。くすくす」
 タピアドが口元を手で押さえて笑い出した。
「ねえ、あれ、マジで言ってんのかな? それとも何かのジョーク?」
 様子を見ていたパラヤがゴドレバにそんなことを問うている。
 だって、外国人なんですもの!
 まだ名前の性別とか、よくわからないのよ!
 私は顔を赤くしてパラヤのほうを振り返って睨むと、彼女は慌てて視線を逸らして口笛を吹く。
「くすくす。ご、ごめんなさい。男の子がシェマイドよ」
 タピアドが笑いを堪えるようにしながら答える。
 場が和んだことは確かだけど、私としては全く不本意だった。 ≫ 第60話「城の歴史」

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