からくり

≪ 第63話「バシャ・ドゥイ」

第64話「からくり」

 ヤクトビと二人で手分けをして廊下や部屋の隅々を回ったけれど、エレベーターや階段を発見することはできなかった。途方に暮れながら南東の廊下で再びヤクトビと合流する。
「どこかに隠し扉のようなものがあるのかもしれないわね」
「そうだとしても、この広い階層を二人で探すのは効率が悪すぎる。上にいる連中も呼んで手分けして探したほうがよさそうだ」
 ヤクトビは自分の端末で宙に映し出した間取りを確認しながら答えた。
「瞑想派の人たちの姿がまるで見えないというのも奇妙ね」
「奴らの拠点はもっと下の階にあるということだろう」
「彼らが出てくるところを突き止めれば簡単なんだけれど」
 そう言いながら首を巡らして辺りを窺ってみる。
「仲間の一人があれほど無残な形でやられたんだ。向こうも相当に警戒しているだろうし …… 」
 ヤクトビが話している途中で、城内に低い声が響き渡った。
「全員、食堂に集まりなさい」
 ザナシーの声だった。
「罰は免れないだろうな」
 ヤクトビは不機嫌そうに言って舌打ちをした。
 私たちは探索を中断して上の階に戻った。

 これから何を告げられるのか、誰もが漠然と予想していた。その不安を少しでも打ち消そうとするように互いにひそひそ言葉を交わしながら、重い足取りで人々が食堂に集まってくる。
 しばらく待つと広間の中央に大きな画像が映し出された。
「とても残念なことが起きてしまった。君たちの粗暴な行動によって我々の大切な仲間の命を奪われたのだ」
 ザナシーは画面の向こうで淡々と語りだす。
 しかしその表情に仲間を失った悲しみなど微塵も感じられなかった。
「斬ったのはバシャ・ドゥイよ! 私たちは彼を追って、あなたを斬ろうとするのを阻止したんだから少しは感謝してほしいわね!」
 そう反論するが、向こうはまるで私の声など聞こえていないかのような態度で話を続ける。
「君たちには、これから三日間の断食を命じる」
 ザナシーの言葉にどよめきが広がる。
「三日!? その間、俺たちは何も食えないってのか!?」
 一人の男が叫んだ。
「お願いです! せめて子供たちだけには食べるものを!」
 タピアドが半狂乱になって画面に駆け寄るが、
「断食して身体を内側から清めなさい。そして争う心を消し去るのだ」
 ザナシーは彼女と目を合わせることさえせずに一蹴する。
「それから地下8階に足を踏み入れることを禁じる。この規則を破った場合 …… そう、一人でも破った者がいた場合、君たち全員にさらに二日の断食を課すことにする」
 ザナシーは冷たい声でそう告げて画像を閉じた。

 私は茫然とした表情でへたり込むタピアドの肩に手をかけて、
「ここに今朝の食料の半分があるから …… 少しは足しになるわ。でも一度に食べさせないで。つらいだろうけど、三日に分けて少しずつあげてちょうだい。そのほうが、お子さんたちの体力がもつから」
「い、いえ、それは!」
 タピアドは申し出を断ろうとするけれど、
「私のことは心配しないで。三日ぐらいの絶食なら戦士の訓練で経験があるから」
 そう言って彼女の手に携帯食料を握らせる。

 とはいえ、三日も食べなければ体力も判断力も落ちてしまうことは間違いない。ザナシーはこうやって私たちの気力と体力を奪いつつ、じわじわと精神を支配しようと企んでいる。今は姿を隠しているドゥイも私に復讐する機会を窺っているはずだ。まだ余力のあるうちに何とかしなければ。
「仮に食糧庫を見つけることができたらの話だけれど …… 扉を破壊することは可能かしら?」
 もはや一刻の猶予もない。
 たとえ強引でも何か手立てを考えなくては。
「強力な爆弾のようなものが必要だろうな。扉の強度は相当なものだろう。生半可な威力のものでは失敗する可能性が高い」
 ヤクトビは難しい表情でそう答える。
「爆弾なら …… ここにあるわ」
 私はそう言って左手の中指に嵌めている赤い指輪を見せる。
「それは?」
 ヤクトビが怪訝な表情で訊き返す。
「小型爆弾。重装歩兵1体ぐらいなら吹き飛ばせる」
「 …… かなり微妙な威力だな」
 ヤクトビは気乗りしない口調でそう言った。
「それはわかってるけど、他に方法がないわ」
「確かにそうだな。賭けてみるか。だが下へ行く方法がわからなくては話にならない」
「全員で手分けして探せば、隠し扉だってすぐに見つかるでしょう。だからこそザナシーは立ち入り禁止にしたんですよ」
 モーゲンが期待を込めた口調でそう言った。

「おい、ちょっと待ってくれ!」
 話を聞いていた一人の若者が口を挟んだ。
「ザナシーの言う事を聞いていなかったのか!? 地下8階に立ち入れば五日も食えなくなるんだぞ! 余計なことしないでくれ!」
「だから食料を奪うのよ」
「そんな中途半端な作戦に賭けられるかよ!」
 周囲の人々も「そうだ、そうだ」と同調する。
「だったらどうすんだ!? このまま大人しく何もせずに奴の言うなりになるってのか!?」
 ゴドレバが叫ぶと、人々は目を背けて黙り込んでしまう。
「こんな連中にかまうことないよ。とにかく地下へ降りよう」
 パラヤはそう言ってゴドレバの腕を掴む。
「失敗したら、あなたたちが責任とってくれるんでしょうね!?」
 一人の女が血走った目でそう叫ぶ。
「エスカ、あんた、普段は理性の力で国を変えるとか偉そうに言っておきながら、こうやって窮地に陥れば、その場しのぎの感情で動いてるだけじゃないか」
 パラヤは軽蔑と同情を半々に込めた声音で言った。
「知り合いなの?」
 私が尋ねると、
「哲学派を率いるエスカ。国都の学堂を次席で卒業したインテリさ。普段から私たちのこと、あからさまに馬鹿にしてたんだ」
「もううんざりよ! 何で私がこんな目にあわなきゃいけないのよー!」
 エスカは金切り声を上げると、うずくまって頭を抱えて泣き出してしまった。でも彼女を責める気にはなれなかった。あまりにも異常な環境に置かれているのだから、叫びたくもなるだろう。やはり三日も待てない。こんな状況に空腹が加われば、正気を失う者も増えてくる。

 食堂に居た人々のうち五、六人は私たちに賛同してくれて、地下に下りて捜索を手伝ってくれることになった。そちらのグループはヤクトビに率いてもらうことにした。しかしモーゲンの予想に反して、捜索開始から二時間経っても隠し階段のようなものは発見できなかった。
「ちきしょう! 瞑想派の連中、いったいどうやって下の階と行き来してるんだ!?」
 ゴドレバが短気を起こして叫ぶ。
「落ち着いて。彼らは私たちがこの階層に入ることを快く思わなかった。つまり探せばどこかに答えがあるのは確かなのよ」
「でも悠長なことを言っている暇はないよ。私たちには時間がないんだ」
 パラヤが焦ったように言った。
「闇雲に探し回っても、いたずらに体力が失われるばかりよ。何か手がかりがないのかしら」
 メイモアさんが疲れた様子で言った。
「そういえば …… 」
 モーゲンが顎に手を置いて、何かを思い出すように語りだす。
「まだ城が閉じられる前、この階層までは普通に観光客が入れたんですがね、私がこの階をぶらぶら歩いていると、あの妙な服を着た連中の1人が、どこかの部屋から出てきたのを見た記憶があるんです。ただ、どの部屋だったか、どうもよく思い出せなくて」
「気合いで思い出してー!」
 サレカさんが無茶な事を言いながらモーゲンの肩をゆする。
「いや、何しろ似たような扉が並んでいるし …… 歩いているうちに方角もよくわからなくなってしまうし …… 」
 サレカさんに揺すられながらも、モーゲンは考え続けて、
「たぶん、北西あたりだったような気が …… 」
 モーゲンが言い終わる前に、その場に居た全員が北西に向けて駆け出して行く。
「いや、そんなに自信はないですぞ~」
 小太りなモーゲンがそんなことを言いながら、少し遅れてあとをついてくる。

「だめだあ。やっぱり見つからない」
 サレカさんがすっかり疲れたように言って、女性の肖像画の下に備えられた椅子に腰かける。そのとき微かに足元がふわりと浮いたような気がした。
「ねえ。ザナシーはこの城を完全に掌握していると思う?」
 私はモーゲンに尋ねると、彼はゆっくり首を横に振る。
「そうは思えませんな。もしそうだとしたら、わざわざ立入禁止などにせずに下への道を封じてしまえばいい。この城には奴自身も把握していない色々な仕掛けがあるんでしょう。制御室から全てをコントロールできるというわけでもなさそうだ」
 モーゲンはそう言って額の汗を拭う。
「それにしても、どうしてザナシーは制御室や貯蔵室のような重要な場所に入るための合言葉を知っているのかしら」
 メイモアさんが疲れた様子でルクアトブの肩に寄りかかりながら尋ねた。
「皆目見当もつきませんなあ」
 モーゲンは暖炉の周りを丹念に調べながら答える。
「 …… そんな所には何もないと思うよ」
 サレカさんが呆れたように呟くけれど、探せるところはどこでも探しておいたほうがいいと思う。
「ねえ、ザナシーって、いったい何者なの?」
 今度はパラヤのほうを向いて訊いてみる。
「さあね。数年前に妙な連中を連れて城に姿を現して修行僧みたいな暮らしを始めたんだ。それ以外のことは何も知らない」
「数年前は言葉にちょっと訛りがあったような気がするな」
 ルクアトブが言葉を継いだ。
「訛り? やっぱり外国人なの?」
「だとしても、マリタ語をずいぶんと流暢に話すし、もう十年ぐらいはこの国に住んでいるんじゃないかな」

「一度、上の階に戻って休みましょう」
 メイモアさんが諦めたような口調でそう言って、ルクアトブと並んで外に出ようと扉を開けたところで
「え!?」
と驚きの声をあげる。
「どうしたの?」
 サレカさんがメイモアさんの後を追う。
「あ!!」
 サレカさんも変な声を出すので、私たちも扉の所まで行ってみると、入ってきたときとは違う風景が扉の外に広がっていた。廊下だったはずのところが小さな円形広間になっている。
「なんだ、なんだ、いったいどうなっちまってるんだ!?」
 ゴドレバが両手を頭に置いて大仰に叫んだ。
「そうか! この部屋自体がカモフラージュされたエレベーターだったのよ! ある仕掛けで起動するようになっているんだわ。とてもゆっくり静かに加速するので、部屋に居る人には降りていることすらわからないのよ」
「仕掛けって?」
 サレカさんがそう問うので、
「サレカさんが座った椅子。お手柄ね」
 私がそう答えると、サレカさんは目をぱちくりさせて
「ありがと~」
と嬉しそうな顔で言った。
「 …… あなたは偶然に座っただけでしょう」
 メイモアさんが呆れたように小さく頭を横に振った。
 私は部屋の外に出て壁に備えられたパネルを指差して説明する。
「こちらからは普通のエレベーターのように操作できるみたいだけど、あの連中がわざわざこれを押して部屋を上の階に戻しておく必要もなさそうだから …… 」
「一定の時間が経つと自動で上に戻るようになっとるんでしょうな」
 モーゲンが感心したような口調で言ったので私はそっと頷いた。
 このエレベーターは城の主制御システムから独立した「からくり」になっている。もし他にもこういう仕掛けがあって、それを発見することができれば、ザナシーの意表を突いて作戦を有利に進めることができるかもしれない。

 ≫ 第65話「二者択一」

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