小さなお客様

≪ 第14話「二都の歌姫」

第15話「小さなお客様」

 2人の女の子が店にやって来た。
 あら? どこかで見たような ……
 そこではっと気づいて、椅子から立ち上がる。
 先月、棒を振り上げた私の姿に驚いて逃げて行った女の子たちだ。
「いらっしゃい。どうぞお入りなさい」
 カウンターから優しく声をかけると、少女たちはお互いの顔を見交わしてから、おずおずと店内に入って来た。

「この前は驚かせてごめんなさいね。泥棒に入られたときのための訓練をしていたのよ」
「この町にドロボーなんていないわ」
 1人の少女が小声で答える。
 いないってことはないと思うけど、泥棒が少ないのは確かだ。
「そ、そうよね。治安の良い町ですものね。あくまで念のためよ、念のため」
 私はカウンターを出て、女の子たちの傍に寄る。
 それから腰を屈めて、子供たちに目線の高さを合わせる。
「お姉さんにお名前を教えてくれるかな」
「マリカ」
「ヤトパ」
 2人とも目を合わせるのが恥ずかしいのか、俯き加減で答える。
 髪の長いほうがマリカちゃんで、お団子がヤトパちゃんね。
 心の内で反復し、記憶に留めておく。
 子供の顔を覚えるのは少し苦手なのだ。

「四都に住むお友達にお手紙を書きたいの。かわいいのある?」
 ヤトパが尋ねた。
「レターセットね。ちょっと待っててね」
 戸口から入って左手に一般雑貨が並べてある。不思議なお店といっても、こうした商品も扱わなければ経営が成り立たない。
 私は棚から3種類を取り出して少女に手渡した。
 ヤトパは嬉しそうな顔で見比べ始める。
「マリカちゃんは? 何か欲しい物あるの?」
「ふしぎなもの、見せて」
 マリカが恥ずかしそうに言った。
「え?」
 私は思わず訊き返す。
「おもてに、かんばんがあったから」
「ああ。看板ね。そうよ、ここは不思議なお店。そういう品物は向こう側にあるの。一緒に見て回りましょうか」
 私はマリカの肩に手を置いて、右手の棚のほうへ導く。
 ヤトパもレターセットを後回しにして、慌ててついて来る。

「きれいな、まんねんひつ」
 ヤトパが赤い万年筆を手にとって眺めている。
 私は手帳を取り出し、白紙のページを開いて棚に置く。
「ヴィット・イ・ピレー、ヤ・ト・パ」
 私の言葉に万年筆がぴくりと震えて反応し、ヤトパの手から浮き上がって、手帳にすらすらと文字を綴ってゆく。
「すごーい。でもこれ、何て書いてあるの?」
「スカヴア語で『ヤトパ』と綴ってあるのよ」
「へえ」
 ヤトパが手帳を手にとって異国の文字を眺めている。
 スカヴア語でしか綴れないけどね。
 そして人を驚かせるぐらいしか使い道のない道具である。

「本がある」
 先月入荷したばかりの品に、マリカが目を留めた。近所の古書店に何気なく立ち寄ったとき発見した品物だ。手強い店主との丁々発止の値段交渉の末にようやく、不思議なお店に陳列されることになった。古書店と私の店、はたしてどちらの利益となったのか、未だに判断がつきかねている一品だ。
「開いてみて」
 後ろから両肩に手を置いて囁いた。

 マリカはゆっくりと革表紙をめくった。
 外国語で表題と著者名が記されている。
「もう一枚」
 私に促されるままに次の頁をめくると、やはり外国語がつらつらと並んでいる。台詞の記号らしきものがあるので、おそらく小説なのではないかしらと推測する。
「読めないよお」
 脇から覗き込んでいるヤトパが言った。
「閉じて」
 言われなくてもそうする、といわんばかりにマリカは本を閉じ、元あった所へ戻そうとするが、その手を押し留めるかのように、上から手を添えて
「もう一度開いて」
と言うと、マリカは不可思議な表情で振り返る。
「もう一度」
 優しく囁くように促すと、首を傾げながらも再び表紙をめくった。
 マリカの顔に、驚愕と好奇心が波紋のように満ちてゆく。
「さっきのと違うわ!」
 表題はまた別の外国語で記されている。
 翼を広げて大空を翔る天馬の絵が、童話らしい雰囲気を漂わせている。
「おもしろーい!」
 マリカが大声で叫びながらページをめくる。
 頻繁に挿絵が現れるので、字が読めなくても楽しいと思う。
「でしょう?」
 自動的にお話を作る本。話の内容自体はどれも大したことないけど、珍品・稀少品としての価値はありそうだ。

「これ、欲しいなあ」
 マリカが言うと、脇からヤトパが「きっと、高いよお」と忠告する。
「ご両親に頼んでみようね」
 営業の言葉をさりげなく添えておく。

 2人の上品な立ち居振る舞いと綺麗な身なりから、丘の上に住む名家のお嬢様たちであることは明らかだ。
「お2人さんは姉妹? それともお友達同士かな?」
「マリカと私はおとなりさん同士なんだよ」
 すっかり打ち解けた様子でヤトパが答える。
「そうなの。ねえ、お家の名前も教えてもらえるかな?」
「私は、ヤトパ・シャーラガ」
「マリカ・キュジー」
 万歳! 私は内心で快哉を叫んだ。
「今日は一品ずつサービスしてあげる。お金はいらないわ。ヤトパちゃんは仔猫のレターセットでいいのね? マリカちゃんも何か選んで」
「そんなの悪いわ。お金は払います」
 ヤトパは決まり悪そうに言った。お育ちの良いこと。
「いいの、いいの。気にしないで。今日は特別」
 ヤトパは戸惑いながら、包装された品物を受け取った。
 2人は笑いながら店をあとにした。私は
「ご両親によろしくねー!」
と言いながら手を振って見送った。 ≫ 第16話「御婦人方を接待しました」

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)