ヤゴイ家のお嬢様

≪ 第2話「独りの食事、独りの就寝」

第3話 ヤゴイ家のお嬢様

 新年を迎えて二十日目の朝。気候はますます春盛り。けれども私は未だにこの町の気候変化に慣れず、何となく身体に倦怠感が残っている。
「おはよう。イェラ」
 赤毛の女性が快活な挨拶と同時にお店に入って来る。
「あら。おはよう、サレカさん」
 私もつられるように明るい挨拶を返す。
 数少ない常連客のサレカさんだ。
 国都でも比類なき名家といわれるヤゴイ家のお嬢様。
 彼女に言わせると、旧家はどこも貧乏貴族らしいけど。

「テーブルクロスってあるかな?」
 サレカさんはカウンターに来てそう尋ねた。
「ええと、それはちょっと扱ってないわね」
 私は戸惑いの笑顔で答えた。ここを何屋だと思っているのかしら。
「そっか。市場でも一通り見てきたんだけど、お洒落な物がないのよね」
 サレカさんは困ったように首を傾げる。
「サレカさんが市場に出入りしたりするの?」
「もちろん。だって穀物以外の食料品は市場でしか手に入らないもの」
 私にはよく分からないけど、何かと複雑な事情があるようなのだ。このお店でも、菓子類以外の食料品の扱いは絶対にできない。そういう規則なのだと都政館の役人に突っぱねられたことがある。
「買出しなんて、召使いに行かせればいいでしょう?」
「リタの手が空かないときもあるから」
「私なんて出不精で、丘を降りるのも面倒だから、食料品は全部配送してもらっているのに」
「ふーん。あ、そうだ。この前、美味しい亀が七匹も手に入ったんだよ」
「か、かめ?」
「うん。まだ食べてないから、飼育ケースの中で生きてる。一匹分けてあげようか?」
「いいえ、結構!」
 私は全く本心で断った。
「 …… 心配しなくても、ちゃんと食用だよ」
「亀は、あまり好きじゃないの」
 食べたこともないけど。
「亀が嫌いなんて変わってるね。人気の食材だから市場でもすぐ品切れになるぐらいなのに」
 永久に品切れていればいいのよ、と言いたくなるのを呑みこんで別の話題を探った。

「あ、そうだ。この国は穀物が配給制でしょう? ここにも定期的に小麦とお米が送られてくるんだけど、私、お米の調理法がよくわからなくて困っているの。手続をすれば、お米を全部、小麦に替えてもらうことって、できるかしら?」
「できない」
 サレカさんはそう言ってから、考え込むように首を傾げた。
「ううん、待って。できるかもしれない。予備館で習ったことがある気がするんだよね」
 どっちなのよ。彼女は一応、都政館に勤めるお役人さんだ。どうして名家のお嬢様がお役所にお勤めするのか、私の育ってきた文化では全く理解できない。
「ええとね、等量交換は無理だったかな。お米を五十減らすと、小麦を二十五増やせるとか、そんな感じ。細かい計算は忘れた。でも普通はそんなことしない。損するから」
「確かにそうね。うん、まあいいわ。今の小麦量だけでも何とかやっていけるし。ねえ、たとえばの話だけど、お米を勝手に市場で売ったりしたら、どうなるの?」
「それ闇米。逮捕される」
 あっさりと答えるサレカさん。
「本当?」
「うん。実際、そういうことして捕まった人、過去に何人もいるし」
「だったら、やっぱりお米の調理法、覚えないとね」
「あ、そうそう。それからね、ものすごく安い価格で都政館が買い取ってくれる制度もあったと思う」
 彼女の行政に関する知識はいつも曖昧だ。
「それがいいわ! 早く言ってちょうだいよ。いくらかにでもなるなら、現金がいい」
「変わってるねー、外国の人は」
 サレカさんは不思議そうに呟いた。
「いいのよ。ダイエットしてお金もらえるって考えれば」
「イェラ、別に太ってないのに」
「いえいえ、こう見えても、最近お腹にお肉が …… こほん、そんなことどうでもよろしい」

「テーブルクロスはもういいや。また面白い物見せてね」
 サレカさんはそう言うと、不思議な品が並んでいる棚の方へ歩いて行った。それから例の姿見の前で立ち止まる。
「鏡よ、鏡。この世で一番美しい女の子はだあれ?」
「それはもちろんヤゴイ家のサレカお嬢様。国都でも、いえ月世界でも並ぶ者なし。燃えるような赤毛は太陽の如し。緑色の瞳はエメラルドよりも高貴に輝き、美しき勾配を描く鼻は皇女ビアリージュも嫉妬に狂うほど」
 まあ! あんな調子のいいこと言って!
「あはは。鏡さんたら、いつも上手いことばかり言って」
 サレカさんは屈託なく笑う。
「いえいえ。私、お世辞は言わない性質なのです」
 姿見はてらいもなく言ってのける。サレカさんは、それなりに整った顔立ちをしているけど、客観的に見て美人の一つ下ぐらいだと思う。

 サレカさんは鏡としばらくお喋りしたあと戻って来て、
「ねえ、イェラ。31日のことちゃんと覚えてる?」
とカウンター越しにこちらの目を真直ぐに見つめながらそう訊いた。
「31日? 何の祝日かしら?」
 すっとぼけてみせる。
 サレカさんが変な顔したので私は溜息混じりに応じる。
「はいはい。覚えてますよ。簡単な料理を用意しておきますから是非いらしてください」
「えへへ。楽しみ。前からお店の2階がどんなふうになっているか気になってたんだよね」
 サレカさんは浮かれた様子でお店をあとにした。
 せめて何か1つぐらい買って帰ってくれたらいいのに。

 ≫ 第4話「掃除と料理と、お買い物」

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