駆け落ちごっこはおしまいです

≪ 第52話「ジャリー・モマー」

第53話「駆け落ちごっこはおしまいです」

 ジャリー・モマーの地下5階には、かつては兵士たちの待機所に使っていた大部屋同士が素通しの戸口でつながっている。かなりの距離を歩き回ってから、大部屋の1つに扉のついた指揮官用の個室が備えられているのを発見した。
 サレカさんが小さな画像に指を触れる。扉の向こう側で私たちの姿を確認して躊躇っているのか、少しだけ時間を置いてから「どうぞ」という声とともにロックが解除された。

「さあ、お嬢様。駆け落ちごっこはもうおしまいにして、お家に帰りましょう」
 あまり深刻にならないよう、つとめて明るく冗談交じりに言ってみたけれど、
「私、帰らないわよ」
 メイモアさんはぷいと横を向いてしまった。
「帰ろうよ。おじさんもおばさんも心配してるよ」
 サレカさんは、そっぽを向いたメイモアさんの顔の正面に回り込む。
 するとメイモアさんが「帰らない」とまたぷいと顔をそらすので、また私と向き合うかたちになる。

「明日からお仕事があるでしょう? ここから国都まで通勤するのは面倒くさいわよお」
 そう言ってみるけれど、
「車で30分もかからないわよ」
と素気ないお返事。
「じゃあ、一生こんな辛気臭い所で暮らすわけ?」
 さすがに苛々してきたので、私の声音にも棘が混じる。
「父が私たちの結婚を認めてくれるまでは、そうするつもりよ」
「バテアト卿は百年たっても認めないと思うけど」
「だったら百年、ここにいるわ」
 あまりの頑固さに、私はサレカさんと顔を見合わせて溜息を吐く。
 案外、バテアト卿と似たもの父娘なんじゃないかしら。

「私はもう、父の言いなりになって生きていくのが心底嫌になったのよ」
 メイモアさんは心に溜めていたものを吐き出すような口調で言った。
「武門の女はいつも後ろに控えていなければならない、その服装は相応しくない、背筋を伸ばしなさい …… 父の口から出るのは、こんな言葉ばかり。褒めてくれたことなんて一度もない。一昨年に学堂で芸術評論文賞をとったときも『それぐらいのことで自慢をするな』ですって。私、自慢する気持ちなんて微塵もなかったのに」
「ええ? そうかなあ。あのとき、メモア、ずいぶんはしゃいで『イクィタに勝ったわよ!』てかなり自慢してたよ」
 サレカさんが実に余計ことを指摘した。
 メイモアさんは言葉に詰まって、サレカさんを睨み返す。

「とにかく、父に結婚相手まで決められてたまるもんですか。どうせ父が選ぶような人は、父そっくりの堅物で頑固で無口な武人に決まってるのよ」
 それもまた、ずいぶんと乱暴な決めつけだわ。
 軍人の誰もがバテアト卿のような人物ではないでしょうに。
「そんな人の伴侶として、この先ずっと自分を押し殺して生きていくなんて到底辛抱できないの!」
 メイモアさんも、いよいよ結婚という現実が間近になって、彼女なりに切羽つまった感情が溢れてきているのかもしれない。でも彼女にはわかっていない。子供の頃から両親がいて、その庇護のもとで育てられ、飢えることも渇くこともなく、身の危険を心配ぜずに眠ることのできる生活が、どれほど貴くて得がたいものかを知らないのだ。

 そんなに自由がほしいのなら、こんな所にいないで、ルクアトブと一緒に月の外に駆け落ちしたらいい。本物の自由ってものがどれほど残酷で辛いものかを、身をもって知ることができるでしょう。

 そんな辛辣な言葉が口から零れそうになるのを辛うじて堪えた。

 そしてサレカさんが「帰ろう」、メイモアさんが「帰らないってば」という押し問答を3、4回繰り返したところで、寝台の傍に浮いていた画像に例の青い髪の女が映って、
「メイモア! あんたを探しに来たやつがいて、大変な騒ぎになってるよ!」
と叫んだ。私たちは戸惑いながら互いに顔を見合わせる。それから急ぎ足で部屋を出て、いくつかの大広間を抜けて、またエレベーターで地下7階へ降りて行った。
「まさか、バテアト卿がここまで追って来たのかしら?」
 だとしたら、今度こそただではすまないかもしれない。

 ≫ 第54話「突然の乱入者が事態を悪化させました」

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