城の歴史

≪ 第59話「母親の嘆願」

第60話「城の歴史」

 食事のあとは、歯ブラシや石鹸、タオル、着替えなど、生活に最低限必要な備品が配られた。本当に囚人になった気分だ。着替えの服があまりにダサかったことが粗末な食事以上にこたえた。幸いにも大型洗濯機があるので毎日洗濯はできる。これを着るのは1日おきになるだろう。大きな浴室も備えられているので、身体も清潔に保つことはできた。さすがモマ-の設計というべきか、ずいぶんと豪勢な造りの浴室だ。ゆったりと湯船に浸かっていると、贅沢と貧困がちぐはぐに混じり合うような奇妙な感覚に陥った。

 収容人数に比べて城の部屋数は余るほどあったので、それぞれ好きな場所を自室に選んで就寝することになった。私はサレカさんやメイモアさんと一緒に地上2階の一室に落ち着いた。地上階はかつてモマーの一族あるいは側近たちが使用していたようで、(観光資源としてそのままの形で保存されている)内装や家具調度はずいぶんと高価なものだ。

「前に3人揃ってイェラのお家でお泊りしたの思い出すね」
 サレカさんが屈託のない口調で言った。
「あの時とちがって、今回は少しも楽しい状況ではないけど」
 メイモアさんは寝台に腰かけると、俯いて溜息を吐いた。

 このまま鬱々と沈んだ気持ちでいても仕方ないので、私はメイモアさんの気分転換にもなるだろうと思って、この城の歴史について語ってもらうことにした。
「遠い昔、まだ各地の都市国家が月の覇権を争っていた時代の話よ。現在の国都、ブティストクプの王はスクリタを併合し、ジャリー・モマーをこの地の支配者として送り込んだ。彼は公平で穏やかな気質の領主だったので、民衆も彼の統治を歓迎したの。一流建築家としても知られるモマ-は、自身の財もつぎ込んで町を優美な姿へと造り変えていった。丘の上の劇場も音楽堂も彼の手によるもよ。毎年二都で盛大に開催されている音楽祭や芸術祭もこの頃から始まったの。二都の華やかさにひかれて外の月からも大勢の観光客が訪れるようになったし、貿易も活発になってスクリタは大いに栄えたわ。そしてモマーは蓄えた富を使って都市の防備を強固にするために、都の北東の一角にこの城を築き始めた。ところが、築き上げられていく城の威容を眼にしたブティストクプの王ヤテルケモクが疑念を抱き始めたの」
 メイモアさんはそこまで話して、ひと息ついた。

「モマ-が城を盾に独立を画策しているのではないかと疑ったのね?」
 私は続きを促すように言葉を添えると、メイモアさんは頷いた。
「ええ。それだけでなく、国都もしのぐような二都の繁栄と、モマ-のカリスマ性に嫉妬も抱いていたようね。王は城の建設を中止するように命じたわ。ところがモマ-は、他の都市国家や外の月からの侵入者に備えて城は絶対に必要であると、はっきり反論したの。もちろん、彼自身の建築家としての矜持が、未完成なまま工事を中断することに耐えられなかったという面もあるのかもしれない」
 私はゆっくりと頷いた。冷静に考えれば、彼自身が生きながらえるためには、どれほどの理不尽を感じたとしても、王の命令を聞くべきだったのかもしれない。でも彼の芸術家としての魂、統治者としての責任感がそのような保身を拒絶したのだ。

「そしてモマ-を慕う数千もの民衆が志願して建設作業に参加し城塞の完成を急いだ。これを知ったヤテルケモクは激怒して最後通告を出したの。モマ-に代えて自分の息子を領主に据えようとしたのだけれど、モマ-は慎重に言葉を選びながらも、王子の統治能力が十分でないことを告げた。これで王と領主は完全に決裂した。四年戦争の始まりよ」
「四年!?」
 私は驚愕のあまり思わず声をあげる。
 この城は王の全軍を敵に回して、それだけの年月を持ちこたえたのだ。
「ぎりぎりのところで完成した城にモマ-にしたがう志願兵を収容して城門を閉ざして長い籠城が始まったわ。最初の頃はモマ-軍の連戦連勝だった。二重のシールドは敵の侵入と砲撃を完全に弾いたし、逆に城が備える火力は敵の重装歩兵を薙ぐように打ち倒していった」
「でも糧食が四年ももたないでしょう?」
「ところがモマ-は、すでにブティストクプと戦争状態にあったアーニグ(現在の港都)と同盟を結んで、アーニグとこの城を結ぶ地下補給路を確保しておいたの」
「なるほど。敵の敵は味方ってわけね」
「半年ほど果敢に攻めたヤテルケモクも、城の堅牢さに業を煮やして兵糧攻めに切り替えたの。いずれ食料が尽きるはずだから慌てる必要はないと考えたのね」
「ところが、いくら待っても敵が疲弊する様子はない」
「ええ。戦争開始から3年が経過しても敵の士気が衰えないので、さすがに王もこれはおかしいと思うようになったのね」
 …… もっと早く気づきなさいよ。
「アーニグとの戦いで捕えた将校から補給路の存在を知った王は、アーニグとの月面戦線に兵力を集中して、これを打ち破ることに成功した。アーニグを制圧され、完全に補給路を絶たれたあとも、城に蓄えられていた食料で半年持ちこたえたけれど、やがては食料が尽きて飢饉が訪れる。次第に痩せ細り、また正気を失って互いに争ったり奇声をあげる兵たちの姿を見かねたモマ-は自分の命と引き換えに家族や配下、志願兵たちの助命を王に約束させて降伏した。そしてモマ-は二都を引き回されたあとに処刑され、籠城していた者たちは命だけは助かったけれど、全員奴隷にされて国都に連行されるか、外国に売り払われたわ」
 想像通りの悲惨な結末に、私は大きな溜息を吐いた。
 思わず自身の過去と重ねてしまいそうになり、慌てて記憶を振り払う。

「遠い昔のお話だと思っていたけれど、今となっては、ちっとも他人事じゃないわね」
 メイモアさんがそう言いながら櫛で髪を梳かしていた。
「 …… 」
 こんな話をさせてしまって、気分転換どころか、かえって嫌な気分にさせてしまったかもしれない。
「そろそろ寝ようよ」
 サレカさんは大きな欠伸をした。
「そうね。明日に備えて眠りましょう」
 私は寝台に身を横たえて目を閉じる。
 思った以上に疲れていたので、すぐに意識は深い眠りの中へ沈んでいった。

 ≫ 第61話「城の最上階」

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