脚のない橋

≪ 第55話「頭を冷やしなさい」

第56話「脚のない橋」

 その時、背後から低い声が響いた。
「よくないな」
 私たちが振り返ると3人の男が並んで立っていた。
 左側にいるのは、先ほどルクアトブの居場所を教えてくれた若者だ。
 真ん中に立っている男は異様な雰囲気をまとっていた。顔の肉づきが薄く頬骨が張りだしているが、その深く落ち窪んだ眼窩の奥に潜んだ瞳はぎらぎらと言いようのない鋭い光を放っている。骨ばった身体を足元まであるくすんだ色の長衣で覆っているので、ある種の修行僧のようにも見えた。
「ザナシー、これは俺たちの問題だ。かまわないでくれ」
 ルクアトブが両掌を男に向けてその場を去るように促した。

 ザナシー? スカヴア系なの?
 おそらく正確に発音すればズァナ・シーだ。
 名前の響きと、色素の薄い肌から、私はこの男にスカヴア人の血が色濃く流れていることを感じ取った。とはいえ二都は国際的な町だから、こういう混血も珍しくはないのかもしれない。ちなみに私自身もタンツァ人だから、スカヴア人とは遺伝的にも言語的にも同根だ。

「争いはよくない。瞑想によって心を鎮めなさい」
 ザナシーはそう言うと大きく息を吐いてから目を閉じた。
 傍らに立つ2人も同じようにする。
「 …… 意味がわからないわ」
 私は素直な感想を口にした。
 長い旅人生でも、(依頼人も含めて)こういう類いの人間に遭遇したことは何度もあるが、関わり合いになると、たいていろくな結果にならなかった。今回もまた途方もなく面倒なことがおこるような気がして、首筋がざわざわ逆立つ。
「わけのわからんことを言うな! 関係ない奴は引っ込んでろ!」
 ヤクトビが叫んでザナシーの肩を強く押すが、彼は動じることなく瞑想を続けていた。
「ザナシー、おまえは間違っている! 瞑想では何も解決しない! 共和国を救えるのは俺の歌だけだ!」
 ルクアトブが的外れな抗議をすると、ザナシーはゆっくりと瞼を開いて低い声でささやくように話し始める。
「君たちには時間が必要だ。外の煩わしい喧騒から離れて自身の心を生まれ変わらせるための永い時間がね」
「何を言ってるの?」
 メイモアさんが不安を隠せない表情で尋ねる。
「君たちに時間を与えよう」
 ザナシーはそう言って指を鳴らすと、広間の中央に大きな画像が映し出された。

「橋が!!」
 サレカさんが叫び声をあげる。
 映っているのは、さきほど私たちが渡って来た濠にかかる橋だった。
 いや、それは橋であったものと言ったほうが正確かもしれない。
 まるで鋭利な刃物で切断されたように橋はばらばらの断片になって宙に浮きあがり、整然と列をなして城壁の一部に開いた穴の中に吸い込まれてゆく。
「いったい何をしているの!?」
 私は叫んでザナシーに詰め寄った。
「渡る時に橋脚がなかったことに気づかなかったかね? あれは逆重力場で支えられていたものだ。地元の人間なら誰でも知っていることだがね」
「そんなことを訊いているんじゃないわ! いったい、どういうつもりなのかって訊いているのよ!」
「だから言ったではないか。君たちに時間を与えると」
 ザナシーはそう言って満足そうに口元に笑みを浮かべた。 ≫ 第57話「合言葉」

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