父親の怒り、彼氏の逃走

≪ 第49話「軌道防衛統率武官」

第50話「父親の怒り、彼氏の逃走」

「我がバテアト家は代々この月の軌道を護ってきた武門の名家だ。おまえの婿も、すでに相応しい候補を探し始めているところだ。それがよりによって、こんなくだらん男を連れてきおって」
 バテアト卿は腕を組んで「実に忌々しい」という目でルクアトブを睨む。
「私、自分の結婚相手は自分で決めたいの!」
 メイモアさんは必死に主張する。映画や小説によくありそうな場面だけど、よりによって連れてきた相手が本当にどうしようもない男だってところが違っている。

「これか! これが、おまえが見つけた相手か!?」
 バテアト卿はルクアトブを遠慮なく指差してそう叫ぶ。
 もっともな意見だった。
「お父様は、ルキが武人でないことが気に入らないのね!?」
 メイモアさんはそう主張するけれど、武人であるとかないとか、そんなことではなく、それ以前の問題だろうと私は思った。
「ダメだ! こんなことでいがみ合っているようじゃダメだ! 俺が丘の下に住む人間だから、結婚を認めてくれない、そうなんですね、お父さん!?」
 ルクアトブが主張した。
 いえ、だからね、そういうことじゃないと思うのよ。
 私は小さな溜息を吐いた。ていうか気安くお父さんとか呼ぶんじゃないわよ。私は心の底からバテアト卿に同情した。

「お父さんの心は、この国の悪しき習慣や偏見にがんじがらめになっているんだ! 俺の歌でもほどけないぐらい凝り固まってしまってるんだ!」
 あろうことかルクアトブは、この国随一の武人に向かって説教を始めた。
 いったいどういう神経をしているのだろう。およそ私の常識では考えられない精神世界に住んでいるようだった。
「貴様!」
 バテアト卿がまた拳を上げると、メイモアさんが
「もう殴らないで! ルキの話も聞いてあげて!」
と叫んで父親の腕にすがりつく。

 あと二、三発ぐらい殴らせてやりなさいよ。バテアト卿が腰の剣を抜かないだけでも、彼は十分に自制していると思うわよ。とにかく私はこのコメディ演劇のような舞台から早く立ち去って、お家でご飯を食べたかったので、荒療治をすることにした。

「はっきり言うとね、あなたの歌には魂がこもってないのよ!」
 私はルクアトブを指差して、びしっと指摘した。魂云々以前に歌が下手なのだが、まあそれはともかくとして、彼にとっては殴られるよりも、こう言われたほうが余程ショックであろうことは予想できた。
「な、なんだと!?」
「あなたの歌は薄っぺらいのよ! 聴く人に少しも感動を与えられないのよ! そんな歌でメイモアさんをお嫁にもらおうとは、おこがましいにもほどがあるわ! 修業して出直していらっしゃい!」
 ルクアトブの顔が一気に青ざめる。
「う、嘘だ!」
「嘘じゃないわよ。現にバテアトさんも私も、ちーっとも心を動かされてないじゃないの」
 私は突き放すように言った。
「私は感動しているわ!」
 メイモアさんが助け船を出すけれど、
「サレカは感動してくれたよな!?」
 ルクアトブが救いを求めるような目でサレカさんのほうを見る。
 彼女は「え?」と困惑した表情で固まってしまう。
「あんたたちは、どうなんだ!?」
 ルクアトブは召使たちのほうに視線を移すけれど、誰もが「やれやれ」というように首を横に振る。

「お、俺の歌に魂がない …… そ、そんなはずはない、そんなはずは、ないんだあー!!」
 彼はそう叫ぶと、広間から中庭に飛び出して、そのまま外に駆けて行ってしまった。
「ルキー! 待ってちょうだーい!」
 そしてメイモアさんが慌てて青年のあとを追って走る。
「メイモア!」
 さらに、その後を母親であるバテアト夫人が追おうとしたところ、「放っておけ!」とバテアト卿が一喝する。

 なんなの、いったい。
 メイモアさん、いつになったら目を覚ますのかしら。
「ひどいよ、イェラ」
 サレカさんは恨みがましい口調で私を非難する。
 人を騒ぎの渦中に引張り込んでおいて、そりゃないでしょ。
 あなたは親友があんな男と結婚してもかまわないわけ?
「ああ、疲れた」
 私は肩を落として大きな溜息をついた。

 ≫ 第51話「お嬢様が家出をしました」

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