バシャ・ドゥイ

≪ 第62話「人型機械の暴挙」

第63話「バシャ・ドゥイ」

 ざわつく人だかりをすり抜けるようにして遺体の傍に寄る。
「ひどいな、これは」
 一刀両断された遺体を前に、さすがのヤクトビも顔をしかめてつぶやいた。
「可哀想だけど、今は弔っている暇はなさそうね」
「あとの処置は私に任せてください」
 一人の小柄な人型機械が静かな口調でそう言ってから、
「元検死官です。新型が投入されたので一昨年に引退しましたけど …… 」
と付け加えた。私は彼女に向かって小さく頷くと、
「追うわよ!」
と告げ、ヤクトビを従えて地下8階へ続く階段を駆け下りて行った。

 しんと静まり返った廊下に立って、じっと耳を澄ませる。
 遠くのほうから複数の人間と …… もっと重たい足音を捉えた。
 そちらへ向かって長い廊下を駆けて行く。
 最初の角を右へ。それから短い廊下を突き当りまで進む。
 そして再び右に曲がると、また長い廊下に出る。
 廊下の反対側に武闘派の一団の姿が見えた。
 先頭に立っているのは、三つの赤い眼をもつ人型機械だ。
 人間よりひと回り大きな躯体に黒いマントをひるがえしながら、重たい足音を響かせてこちらに歩いてくる。向こうの一団も、こちらを警戒して手下たちは銃を手にするが、バシャ・ドゥイは武器も抜かずに平然とこちらへ歩を進めてきた。互いの距離が五つほどの歩幅になったところで互いに立ち止まる。
「何者だ?」
 ドゥイが小さな機械音を立てて額にある眼を動かしながら低い声で訊いた。
「呑気に自己紹介なんてやっている状況じゃないのよ。あなたたち、とんでもないことしてくれたわね」
「俺はいつまでも、あんな男の言うなりになるつもりはない」
 ドゥイは低い声で唸るように答える。
「ザナシーを斬るつもり?」
「だったら、どうだというのだ?」
「彼を斬れば食料の供給が止まるのよ」
「俺に食料など必要ない」
 ドゥイは嘲るように答えるが、手下たちは複雑な表情を浮かべる。
「それだけじゃないだろう! 奴がいなければ城門も開かないし橋も戻らない。シールドも解除されない。そんなこともわからないのか?」
 ヤクトビが呆れたような口調で言った。
「ふはは。この状況自体はそう悪いことではない」
「どういうこと?」
 私はドゥイの言葉の意味を測りかねて訊き返した。
「とにかく俺は俺のやり方でやる。おまえたちの指図など受けん」
「こっちにとっては死活問題なのよ。はいそうですか、と引き下がるわけにもいかない」
「ほう。では、どうするのだ?」
「あなたがその無謀な行動をやめないというのなら、力づくで阻止するしかない」
 私は凄むように言った。そうは言ったものの、さすがに今回ばかりは並大抵の相手ではなさそうだ。はたしてどちらの力量が上なのか、手合せしてみないことには何ともいえない。なにしろ現役を退いて一年ほど経っている。正直なところ、あまり自信はなかった。
「ぐはははは。おい、聞いたか、おまえたち。この女が俺を斬るそうだ」
 ドゥイは私を指差しながら、額にある眼だけを手下たちのほうに向けて大声で笑い出す。
「はははは。こいつは傑作だ!」
「この女、外人ですぜ。ドゥイ様の恐ろしさを知らないらしい」
 手下たちもドゥイに同調して大笑いする。それからドゥイはぴたりと笑いを止めて、三つの赤い眼を同時にカシャカシャと大きく見開いて威嚇するように私を睨みつける。
「女。これが最後の警告だ。そこをどけ。そしたら命だけは助けてやる」
「死ぬのはそっちかもね」
「調子に乗るなよ!」
 ドゥイと私は同時に腰から武器を抜いて構える。
 ドゥイは大剣を。私は2本の刀を。
「ほう。二刀流か。面白い」
 ドゥイはまだ余裕のある口調でそういいながら、こちらの出方をうかがっている。
「エン・ティクト・パウアー!」
 私が古エラカダ語(エン・エッラカーダ)で指令の言葉を発すると、刀身から紅炎が勢いよく吹き上がった。二本の刀を抜くのも、その真の力を解放するのも、この国を訪れてからは初めてのことだ。
「ぬう!?」
 ドゥイの唸り声をあげる。
「うお! 熱い!」
 ドゥイの手下たちが炎が焦がす空気の熱さに耐えかねたように数歩後ろに下がった。
「シュモル(炎)の二刀流!?」
 ドゥイが驚きの声をあげる。
「私のことを知っているの?」
「噂に聞いたことはある。な、名前は忘れたが、たしか『月の渡り鳥』にいる女戦士の …… 弱いほうだ」
 ドゥイはそう言いながら一歩後ろに下がる。
「 …… できれば名前も憶えていてほしかった」
 少し残念な気持ちになった。
 しかも弱いほうって …… 当たってるけど。
 いえ、そんなことは今どうでもいいのよ …… と思いつつ
「シン・イェラ・リペンダよ」
 やっぱり名乗ってしまった。
「そうだ。女戦士リペンダだ。確かそんな名前だった」
 ドゥイがまた一歩下がる。
「ドゥイ様、どうされたんです!? こんな女、すっぱり斬っちまいましょうぜ」
 手下たちが怪訝な顔でそうせっつくので、
「ぬ、ぬう」
 ドゥイも手下たちの手前、もう後には退けない様子だ。
 ここで逃げたら恰好悪すぎる。

「ダッシィマやレイ・バーニルが相手ならともかく、リペンダなら俺でもなんとかなるかもしれん」
 ドゥイは自分にそう言い聞かせて剣を構えた。
「失礼ね!」
 私も二刀流で構える。ドゥイが気合いの声を上げて猛然と襲いかかってきた。私は刀で大剣の勢いをそぐように受け流し、間合いを詰めて相手の懐に入ろうとするが、ドゥイも自分の間合いを保ちたいので、下がりながら私の高速の斬撃を必死にかわす。ドゥイが大きな右足で薙ぐような反撃を繰り出してきたので、大きく後方に飛んでかわす。そしてまたお互いに身構える。

 手ごたえは感じていた。
 僅かではあるけれど、私のほうがドゥイの技量を上回っている。
 しかし向こうには無限に近い体力がある。
 戦いが長引けば、こちらが不利になるのは明らかだ。
 早めに決着をつけなければ。
 私は、そこからさらに二歩下がった。
 武器の寸法を考えれば、間合いを大きくとりたいのはドゥイのほうだ。
 だから、この行動は私が怯んだ証拠だとドゥイに思わせた。
 相手の心に生じた僅かな隙をついて、私は意を決して右の踵に力を込める。
 跳躍のブーツが一歩で私の体を相手の懐に飛び込ませる。これはドゥイの意表をついた。
 弧を描く刀の切先が、下からドゥイの左脇に滑り込む。
 シュモル(炎)の高熱は金属を紙のようにやすやすと切り裂く。
 ドゥイの左腕は寸断され、がしゃりと床に落ちた。
「!!!」
 ドゥイが三つの眼を大きく見開いて、床でまだ忙しなく動き続ける自分の腕を見つめる。
「お、おのれー!!!」
 ドゥイは怒りの咆哮を上げる。
「城の機械整備室が稼働しない限り、その腕を修理することもできそうにないわね」
「貴様、許さんぞ!」
「で、どうする? このまま右腕一本で勝負を続ける?」
 私が威圧するように言うと、
「 …… ぬう」
 ドゥイは逡巡している。
「もしあなたがザナシーを斬ったら、今度は腕だけじゃ済まないわよ。全身スクラップにしてあげる。今後は短気な行動を控えることね」
「お、おぼえておれ!」
 ドゥイは自分の左腕を拾い上げると、お決まりのつまらない捨て台詞を残して背を向けて大股で去って行った。。
「ド、ドゥイ様~!」
 手下たちも慌ててドゥイのあとを追って走って行った。

「 …… 何なの、あれ?」
 逃げ去るドゥイの姿を見ながらヤクトビに尋ねた。
「これは陸軍の連中から聞いた話だが、”三つ目” のバシャ・ドゥイは大昔 …… たぶん百年ほど昔だが …… 陸軍二等武官だった男らしい」
 ヤクトビは記憶を探るようにしながら説明する。
「もともと国が将校用として開発したエリート機械だ。そのまま順調に出世すれば陸軍統率武官になるはずだったが、ああいう性格だから、色々と問題を起こして軍を追放されたんだ」
「確かに、あんなのが上官だったら、たまったものじゃないわね」
 私がそう言うと、ヤクトビは小さく頷いて話を続ける。
「それからしばらく、よその月に渡って傭兵稼業をしていたらしいが、数年前にふらりと戻ってきて、ごろつきのような連中とうろついているのを目撃されるようになった。おそらくこの城を拠点に二都で革命でも起こしてやろうと画策していたんだろう」
「 …… 要するに、ろくでなしのテロリスト集団ってわけね」
 私は大きな溜息をついた。なるほど。彼も長く月世界を渡り歩いていたのなら、私の噂を聞いていてもおかしくはない。
「あんたも、よその月で傭兵稼業をしていたのか?」
 ヤクトビが唐突に真顔でそんなことを訊いたので、
「失礼ね! 『月の渡り鳥』は遺跡を巡る探索者集団よ! あんな戦闘機械と一緒にしないでちょうだい!」
 思わずむきになって語気を強めて反論する。そりゃ傭兵みたいな仕事を請け負ったこともあったけど、それは決して主な仕事ではなかった。
「そんなに怒ることもないだろう」
 ヤクトビは適当にかわすように言って、さっさと廊下を歩きだす。
 あれは絶対、わかってないわね。
 ヤクトビのやつ、ドゥイも私も同じような類いだと思ってる。
 悔しいけれど、今はそんなことを丁寧に説明している暇はない。
 とにかく下の階へ行く方法を探さないと。 ≫ 第64話「からくり」

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