頭を冷やしなさい

≪ 第54話「突然の乱入者」

第55話「頭を冷やしなさい」

「はっきり言って、この男はお嬢様に相応しくありません」
 ヤクトビは顔をメイモアさんのほうに向けたまま、横目でちらりとルクアトブを見てそう言った。
「なんだと!」
「そんなことないわよ!」
 ルクアトブとメイモアさんは声を揃えて抗議するが、私は内心で「そんなことないこともないわよね」と、少しややこしい言い回しでヤクトビに同調してしまった。
「ご主人様はお嬢様の御結婚相手として、このような方を有力候補に挙げておられるのです」
 ヤクトビは言いながら腕時計を軽く叩くと、軍服を着て正面を見据えた若い男性の画像が宙に浮かび上がった。
「まあ」
 思わず口から感嘆の声を漏らしてしまった。
 これがまた、なかなかの美男子だったのだ。
 軍人らしく凛々しく引き締まった表情はしているけれど、瞳には穏やかな色を湛えて柔らかな印象を与える。バテアト卿のように気難しい性格ではなさそうだ。
「うーん。私があと10歳ほど若かったらなあ」
 そんなことを口にしてしまったものだから、隣に立っているサレカさんに軽く肘で突かれてしまった。私はメイモアさんも一瞬写真に見とれるような表情をしたのを見逃さなかった。
「メイモアさん、満更でもなさそうね」
と言ってみたけれど、
「そ、そんなことないわよ!」
と強がるように言って、ぷいと横を向いてしまった。
「メ、メイモア …… まさか」
 ルクアトブが不安を隠せない様子でメイモアさんの肩に手を置く。
「馬鹿ね。何うろたえてるの? 私にはルキだけよ。私は武人とは絶対に結婚しないって決めているの」
 メイモアさんは自分を納得させるような口調で答える。

 しかしヤクトビは、ここぞとばかりに畳みかける。
「五都のシャルカウジー家の御長男です。大変有能な方で人柄も申し分ない。ゆくゆくは一等武官まで昇進され、アロカーグ様を補佐することになるでしょう」
「興味ないって言ってるでしょう!」
 メイモアさんはそう叫んでまた横を向くけれど、やっぱりちょっと気になるのか、画像のほうをちらちらと窺っていたりする。
「ところで、アロカーグ様って誰?」
 私はサレカさんに尋ねた。
「メモアの一番上のお兄さん」
「ああ、なるほど」
 私は納得して頷いた。

 メイモアさんの説得に夢中になっていたヤクトビは不意を突かれた。
 いきなり背中を思い切り蹴り飛ばされたのだ。思わず前のめりに倒れそうになるところを辛うじて堪えて後ろを振り返ると、そこにはダメージから回復したゴドレバが拳を構えて立っていた。
「貴様!」
 ヤクトビはゴドレバを睨みつけて怒りの声を発する。
「さっきのお返しだ。なに喧嘩の最中にくだらねえお喋りしてんだ? 俺はやられっぱなしで黙っているほどお人好しじゃねえ。おら、かかってこいよ」
 ゴドレバは挑発するように手招きする。
 技術的には劣るかもしれないが、ゴドレバはヤクトビより遥かに体格が良い。長期戦になると勝敗の行方はわからないかもしれない。

「もう喧嘩はやめて!」
「ヤクトビ、控えなさい!」
 サレカさんとメイモアさんの叫び声が木霊する。ヤクトビはゴドレバに飛び掛かかって決着をつけたいようだが、背後に立つ私のことが気になって動けずにいる。私の視線と気配が見えない網のように彼を捕えてその場に縛りつけているのだ。
「ねえ、ゴドレバ。あなたもこの男を蹴飛ばしたんだから、おあいこってことにして、拳をおさめてくれないかな?」
 私はゴドレバのほうに挑発をやめるように警告した。
「うるせえ! これぐらいじゃ気がすまねえ! 俺はお高くとまった貴族ってやつが大っ嫌いなんだよ!」
 ゴドレバはヤクトビを指差して叫ぶ。
「この人は屋敷の使用人よ。貴族じゃないでしょう」
 私は溜息を吐きながらそう指摘した。

「貴族に飼われて犬に成り下がってんのが、なおさら許せねえんだよ!」
 ゴドレバのその言葉によって、ヤクトビの表情は一変する。
「その侮辱の言葉は聞き捨てならない。取り消せ」
 ヤクトビは腹の底から絞り出すような冷たい声で告げた。
「取り消さねえよ! 何度でも言ってやる、この犬野郎が!」
 その言葉がヤクトビを金縛りから解き放った。
 あろうことか、彼は我を忘れて腰に差していた剣の柄に手をかけのだ。
 動きに無駄のない、美しく素早い抜刀だった。しかし私はそれを遥かに上回る速さで刀を抜いて彼の剣を弾き落とし、流れのままに鞘に戻した。ヤクトビの剣が石床を打つ不快な金属音が響き渡ったあと、言い様のない重たい空気が広間を覆ってゆく。

「 …… な、なんだ、その速さ …… 」
 ヤクトビは驚愕のあまりに怒りさえ忘れて目を見開く。
「少し頭を冷やしなさいよ」
 私は彼を窘めるように言うけれど、ヤクトビはこちらを見つめたまま、ただ茫然と突っ立っている。
 彼だけでなく、この場にいる誰もがひと言も発せずに、怖れるような目で私を見つめていた。得体の知れないものに遭遇したような目。そういう視線を感じるときはいつも、身体の奥から何か空虚なものが溢れてきて私の胸を満たそうとする。
「拾ったら?」
 私は床に落ちた剣を拾うように顎で促す。
 ヤクトビの剣は床に触れてバチバチと青い火花を散らしている。
 剣は基本的に鎧を着た相手に威力を発揮する武器だ。
 銃では破れない対貫通シールドを切り裂くためにある。
 抜き身で置くだけで、石床に鋭利な傷跡を刻みつけていく。
 ヤクトビは我に返ると慌てて剣を拾って鞘に収めた。

 ≫ 第56話「脚のない橋」

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