幼なじみ

≪ 第6話「メイモアさんのブローチ」

モルドコガル衛星軌道図

第7話「幼なじみ」

 その後、食事は穏やかな雰囲気で進み、私は聞き役に徹して、お2人の歩んできた人生や周囲の人間関係について知ることができた。
「普通、外交官のかたは家族連れで赴任なさるでしょう?」
 話題はサレカさんのお父様について及び、長期不在の理由について尋ねた。
「うちは代々ベルディカ(月の調停者)を務めているから」
 それだけ言って少し寂しそうに微笑んだ。
 ベルディカ。月の評議会に所属し、九つの月を渡り歩いて緊張緩和に努める特別な役職だ。タンツァでは音楽にたとえてクシュモレ(調律公使)と呼ばれていた。国際情勢の変化に応じて、いつでも素早く動けるようにしておかないといけないから、家族同伴というわけにもいかない。
「そう。お国のためのお勤めですもの。仕方ないわね」
「まあね。母はいつも高貴なる義務だからと言って、私たち姉妹を慰めるわ。本当は自分が一番寂しいくせにね」

「あら。サレカさんにはご姉妹がいらっしゃるの?」
「言ってなかったっけ? 姉のイロタルと妹のルシーパ。私は次女だよ。ねえねえ、ところで、イロタルって古臭い名前でしょ。時代劇みたい」
「さあ。私には何とも」
 名前の響きで古今を区別できるほど、まだこの月の言語や歴史になじんでいない。
「メモアのとこは、男ばっかりなんだよ」
 サレカさんは聞かれてもいないのに、メイモアさんの家族構成まで教えてくれた。
「年の離れた兄が2人。2人とも結婚しているから、義理の姉とも同居です。あと、2歳下の弟が一人」
 メイモアさんが丁寧に補足する。
「バテアト家は武門の家だから、自分は恵まれたって、おじさんが嬉しそうに言ってた」
「そう」
 私は相槌を打つ。
「さっき言ったように、私の父は留守ばかりだから、メモアのお父さんが、昔から私を可愛がってくれたの」
「あら。優しそうなお父様ね」
 と、これはメイモアさんに向かって言ったのだけれど、
「そうでしょうか」
 彼女は何かを無造作に投げつけるような、とても冷たい言葉で応じた。私は咄嗟に触れてはならない話題なのだと察して、話を別の方向へ軌道修正する。

「お2人は幼なじみよね。いつ出会ったの?」
「1歳のとき。私は憶えてないけど」
 メイモアさんは、今度は率直な口調で答える。
「1歳?」
 私は興味津々に聞き返す。この国では年齢は数え年だったはずだから、1歳とは生まれて1年未満という意味だ。
 サレカさんが横から嬉しそうに会話を引き継ぐ。
「メモアのほうがね、少しだけお姉さんなの。私が生まれて9日目に、我が家にお祝いに来てくれたメモアのお母さんが、赤ん坊のメモアを私の横に寝かせたとき、私たちは初めて対面したの。2人はね、お互いに笑いながら、ぎゅーって手を握り合ったんだって」
「それが災難の始まりだったのよね」
 メイモアさんが憎まれ口を叩く。半分は本気かもしれない。

「以来、私たち、ずーっと一緒に過ごして来たんだよ。ご近所さんだから、お互いの家を行き来してたし、学堂に通い始めるのも同時期だったし、予備館に入るのも一緒、そこを卒業して勤め始めた時期も一緒」
 予備館というのは行政予備館、つまりお役人になるための学校のこと。学堂とはまた別の教育機関。私はこの国の教育システムなどについて、まだ十分には理解していないので、新聞を読んでいても時々首を傾げることがある。

「違うところもあるわよね。私は学堂を卒業したけれど、あなたはしていない。私は実力で予備館に入学したけど、あなたは縁故入学」
 メイモアさんは冷静に指摘した。
「水を差すことないでしょ」
「あなたが都合の悪い所を意図的に避けてるからでしょ」
 また喧嘩になりそうだったので、私は慌てて口を挿む。
「何だかいいわね、そうやって人生を共に歩めるお友達がいるって」
「サレカはいいかもしれないけど、私は苦労ばかりだったわ。サレカは九九もなかなか覚えない、自転車も乗れない、泳げない。それを全部、私はつきっきりで克服させたのよ。少女時代の貴重な時間を使ってね」
 メイモアさんは、横目でサレカさんを見つめながら言った。

「泳げなかったのは仕方ないでしょ。事故があったんだから」
「それだって自業自得。あんな馬鹿みたいに身を乗り出すから。あなたが頭から川に落ちたとき、私、もう心臓が止まるかと思ったわ」
「メモアったら、近くの大人に助けを求めるとき、サレカが死んじゃった、サレカが死んじゃったって泣き叫んでいたらしいね」
 サレカさんは責めるような口調で言った。
「それだけ気が動転してたのよ!」
「とにかく、それからしばらく私は水が怖くて仕方なかったの」
 サレカさんは私に向き直って言った。
「それは、そうでしょうねえ」
 私は、うんうん、と頷く。
「サレカに関しては、いくらでも馬鹿げた逸話があるのよ。でも、いい加減、腹が立ってしかたないから、このへんでやめとくわ」
「メモアについても、おかしな話はたくさんあるけどね」
 サレカさんは負けじと言い返しながらも、何だかそわそわしたご様子。
「ええとね、イェラ。お手洗いを貸してもらえるかな?」
 おっと。来たわね。葡萄酒をあんなに飲まなきゃいいのに。
「1階にあるわ。場所は知っているでしょう?」
「ええ!? だって降りるの面倒くさいよ。一旦、外に出ないといけないし。この時期、夜間はまだまだ寒いよ。まさかイェラ、お手洗いのたびに、お店まで行ってるの?」
「え? ええ、そうよ。その通りよ。タンツァでは、どこもそんなものよ。お家をお手洗いだらけにしたくないもの」
 私は目を逸らせながら嘘をついた。ごめんなさい。

「向こうに、あるんじゃないかなあ?」
 サレカさんは食堂へ通じる扉を指差す。
「ありません! 早く行ってらっしゃい!」
 私が言うと、サレカさんはぶつぶつ言いながら、右手の指輪の灯りをつけて、お店まで降りて行った。私は安堵の溜息をつく。サレカさんは戻って来ると、
「寒かったし、お店は真暗だった。最悪だった」
と悲しそうに言った。この国は電気代がやたらに高いのだ。だから必要のない場所の灯りはなるべく消すようにしている。 ≫ 第8話「泊めませんからね」

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