落ち着いてください、お嬢様

≪ 第47話「真夜中の散歩」

第48話「落ち着いてください、お嬢様」

 ネラダン(6月)も10日を過ぎると、晩秋の空気はいよいよ冷たい刃を研ぎながら本格的な冬の準備を始める。

 そろそろ店じまいしようという時刻のことだった。カウンター裏の事務室で書類の整理をしていると、戸口の鈴の音が鳴ったので、私は事務室からカウンターへ出て客を迎えた。

 お客さんはサレカさんだった。
 でもその表情はいつものサレカさんではなかった。
 ここまで走って来たのだろう。彼女は息を切らせながら緊急事態を告げる。
「たいへん! たいへんだよ! おじさんが怒って、メモアが泣いて、それで家じゅうが大騒ぎになって …… 」
 彼女の説明はまるで順を踏んでいないので、何を言いたいのかさっぱりだった。
「サレカさん、落ち着いてちょうだい。深呼吸して、ゆっくりと順を追って話してちょうだい」
「落ち着いてなんかいられないよ! だからね、メモアが結婚したいって言う人を連れて来て …… 」
 その台詞を聞いて私は何が起こっているのか気づき、「あ!」と叫んでしまったので、サレカさんが「どうしたの?」とこちらの表情を窺うように見つめる。

「メイモアさん、あの変な人を連れて来たの?」
「イェラ、ルクアトブのこと、知ってるの?」
 彼女は目をぱちくりさせながら訊き返す。
「え、ええ、以前にちょっとお会いしたことがあって …… で、その人が歌とか披露したりして、バテアト氏が激怒してるのね?」
「よくわかるね! その通りだよ! いつもは優しいおじさんが、あんなに怒るとこ初めて見たから、もうびっくりしちゃって」
 サレカさんは、もうどうしていいのかわからない、といった様子で足踏みしている。

「イェラは、このお付き合いのこと、どう思う?」
 サレカさんがカウンターに身を乗り出すように訊いてくる。
「え? どうって? それは本人同士が決めることだから …… 」
 私は関わり合いになりたくないという思いで言ったのだけれど、
「だよね! 2人の気持ちが一番大切だよね!」
 サレカさんが何度も大きく頷く。
「え、ええ、まあ、そうね …… 」
 私が曖昧に答えると、
「じゃあ、一緒にメモアの家まで来て!」
と無茶苦茶なことを言った。
「な、なんで!?」
「友達でしょう! このまま皆が不幸になってもいいの!?」
 反論する暇も与えずにサレカさんは私の腕を引っ張るので、渋々ながらも店を閉めて、彼女と一緒にバテアト家に赴くことになったのだ。

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