メイモアさんのブローチ

≪ 第5話「この先立ち入り禁止!」

第6話「メイモアさんのブローチ」

 幸いにも私の作った料理はお2人の口に合ったらしく、特にサレカさんは旺盛な食欲でお皿をきれいにしていってくれる。そしてこのまま宴は平穏に楽しく過ぎる …… はずだったのだけれど。

 きっかけは宝飾品の話だったと思う。
 私が身につけている首飾りをサレカさんが褒めてくれていたのだ。
「そういえば、サレカに貸した、というよりあなたが強引に借りていった、あのブローチ、そろそろ帰して欲しいのだけど」
 メイモアさんの一言から何やら雲行が怪しくなってきた。

 サレカさんは急に狼狽し、そわそわとフォークで鯉を突き始める。
「そんな物、借りてたっけ?」
 とぼけるように応じるサレカさん。
「ふざけないで。来月、一族の集まりがあるから、あのブローチを身につけて出席したいのよ。今晩、帰りにサレカの部屋に寄るからね」
「明日じゃだめかな?」
 サレカさんはメイモアさんの目を全く見ずに、俯いたままつぶやいた。

 メイモアさんは何かに感づいたように、隣に座るサレカさんの肩に手を置いた。
「サレカ、私の目を見なさい」
 そう言われても、サレカさんの瞳はお皿を見つめたまま。
「サレカ!」
 メイモアさんが声音に怒りを込めて呼ぶと、サレカさんはぜんまい仕掛けの人形のように、メイモアさんのほうに顔を向ける。
「まさか、失くしたんじゃないでしょうね?」
 メイモアさんは声を震わせる。サレカさんの借りた物は、お2人の家柄から考えても決して安い物ではなさそうだ。
「まさか。そんな … わけ … ない。明日。ううん、明後日には返すよ?」
「失くしたのね?」
 メイモアさんは、なおも問い詰める。
 サレカさんは首を振って否定する。
「な・く・し・た・の・ね?」
 メイモアさんは、これが最後通牒とばかりに、ゆっくりと訊いた。
 ようやく、サレカさんは頷いた。
「あなたって、どうしてそう何もかもがいい加減なのかしらね!」
 メイモアさんの怒りが炸裂。
「失くしたことも頭に来るけど、どうして嘘をつくのよ、この口は!」
 メイモアさんがサレカさんの頬をつねる。
「いはい、いはい(痛い)よ、メモア」
 つねられたまま喋るサレカさん。
「あなたに物を貸して、まともに返って来たことってあったかしら」
「そんな大袈裟な」
 サレカさんは頬をさすりながら口答え。
「いいえ。あなたは、壊す、汚す、失くすの常習犯よ。本当に、その大雑把な性格、どうにかならないのかしら」
「性格は生まれつきだもん」
「それでどうして、国都女性人気投票第1位なのか、私には理解しかねるわ」
 メイモアさんは、いくぶん嫉妬を含んだ口調で言った。
「別に、それは私が決めたわけじゃないし」
「あなたは愛想がいいから、あなたと深く関らない人にとっては良く見えるんでしょうね。でもね、普段からあなたの近くにいる人ほど、本当に迷惑するのよ」
「そんなことないもん」
 サレカさんは恨みがましい目で抗議する。

「ボフクブ先生は、いつになったら、あなたの卒業論文が提出されるのかって、いつも溜息をついているわよ。私に言われても、返答に困ってしまうのよ。サレカったら、中途半端に学堂を卒業しないまま勤めてしまうし、ほったらかしするし。正直におっしゃいな。論文のことなんて、綺麗さっぱり忘れていたでしょう? 縁故で就職したからこれ幸いと思って、学堂を卒業する気なんて、さらさらないんでしょう?」
 メイモアさんは、ぐいとサレカさんに顔を近づける。
「そ、そんなことない。そろそろ提出しないといけないなって、いつも気にしてたんだ」
「また、嘘をつく!」
 メイモアさんは手を振り上げて頭を叩こうとする。
 サレカさんは慌てて席を立って避ける。
 食事を終わらせてから喧嘩すればいいのに。

「この前なんて、水道課のあなたの同僚が、わざわざ別館の福祉課まで来て、あなたが健康診断を受けてくれないから何とかしてほしい、なんて言ってくるのよ。私に言われたって知るもんですか」
「健康には自信があるのよね」
「健康であろうと、余命3日であろうと、診断を受けるのは規則なの! 受けるってことに決まっているの!」
「余命3日だったら、とっくに退職していると思うけど」
「うるさい!」
「本当言うとね、少し太ったから体重計るのが嫌だったんだ」
「ぶつわよ!」
 メイモアさんがまた手を上げるので、サレカさんは首を竦めて、メイモアさんを上目遣いに見つめる。飼い主に叱られた猫みたいだった。

「呆れた。あなたたち、いつもそんなに喧嘩ばかりしているの?」
 私は堪らず口を挿んだ。
「喧嘩なんてしない。いつもメモアが一方的に怒るだけ」
「サレカが怒らせるようなことをするからでしょう!」
 また言い合いになりそうなので、私が「まあまあ」と制止する。
「ね、ここに私が居ることも忘れないでちょうだい」
 私は何だかおかしくて笑い出しそうになりながら2人を仲裁した。
 教師が生徒たちを優しく窘めるような気持ちで。
 さすがに2人とも、決まり悪くなって俯いてしまった。
「ごめんね、イェラ」
 サレカさんが呟くようにぽつりと言った。
「ブローチ、見つかるまで探すのよ、サレカ」
 メイモアさんは横目でサレカさんを睨みながらそう言った。

 ≫ 第7話「幼なじみ」

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