メテバ銀行で大騒ぎ

≪ 第20話「都政館で一触即発!?」

方位交差点の周辺地図

第21話「メテバ銀行で大騒ぎ」

 方位交差点近くにあるメテバ銀行のロビー。
 私はお茶を飲みながら、資産運用に関する小冊子を読んでいた。
 ここは密かなお気に入りの場所だった。
 お茶とお菓子が美味しくて、ほどほどに静かだ。
 耳に入るのは、抑えた話し声や軽い足音、椀が受け皿に触れる音ぐらい。それなのに、静穏であるべきはずのロビーに大音量が響き渡った時は心底驚いて、冊子を膝に落としてしまった。身についた習性から自然と右手が腰にあるはずの刀の柄を探してしまうけど、もちろん、この町ではそんな物を携帯しないようにしている。

 一拍置くと、別に強盗の襲撃ではないことが分かった。
「わはは。相も変わらず、貧相な銀行だな。せめてロビーぐらい、もっと派手に飾ったらどうだ。そうすりゃ、もう少し金があるように見せかけられるかもしれんぞ。わはは」
 お腹の突き出た中年男が、撒き散らすような大声と共に、ロビーを横切ってゆく。後ろには二人の召使いが、それぞれ装飾を施した車輪付スーツケースを引きながら従っている。そして男の脇には、不釣合いなほど美しい女性が並んで歩いている。

 あれは娘さんかしら?
 胸元を象牙色の布で巻き、その上から前の空いた黒い袖なし胴着を羽織っている。裾の膨らんだズボンを履き、足には平底サンダル。
 見間違いようもなく、モレブ人だ。
 まあ。美人ねえ。
 女の私でも素直に称賛せざるをえないほどの美貌の持主。
 小麦色の肌。艶のある漆黒の髪。夜を想起させる闇色の瞳。
 彼女と私の視線が触れた。
 美女は何の躊躇いもなく私の元へ寄ってくる。
 珍しい玩具を見つけた子供のような足取りで。

「タンツァー人?」
 モレブ人に特有の、わずかに語尾を伸ばす発音で尋ねてきた。
「ええ」
 私は戸惑いながら擦れた声を返す。
「私、ニンバンダです」
 彼女は簡素に自己紹介。
 私は座ったままでは失礼だと思って腰を上げる。
「シン・イェラ・リペンダ」
 言い終わる間もないうちに、彼女はいきなり抱きついてきた。
 な、何なの、一体?
 腕の屈曲部で私の首を抑えるようにして、頬に口づけしてきた。
「初めまして、イェラー」
 彼女は耳元でささやいて、屈託なく笑いながら身を離す。
 私は左手で頬を押さえながら、呆然と彼女の瞳を見つめるだけ。
 無意識に数歩だけ後ずさりしたかもしれない。

「またね!」
 彼女は手を振りながら、父親らしき男のもとへ駆け戻ってゆく。
「ぐははは、わしがこの国に滞在している間、この宝石を預かっておいてくれ。ここは貧乏人どもが多いからな。こんな物を家に置いておいたら安心して眠ることもできん。わははは」
 窓口の前で、男は腹を揺らしながら、馬鹿みたいに大笑いしている。周りの人が白い目で見ていることも気に止めない様子で、傍若無人に振舞うモレブの商人。

「ニンバンダ、おまえも大事な物は預けておいたほうがよいぞ。その指輪とか、耳飾りとか。どれも一流の品だからな」
 男は猫撫で声でニンバンダに言った。
「平気よ、お父様。普段から相応しい装身具を身につけておかないと、遣使たるお父様に恥をかかせてしまいます」
「おお、おまえは何とよくできた娘なんだ。わしは嬉しくて涙が出るぞ」
 男は本気の涙声で言った。
 この馬鹿父娘!
 そう叫んでやりたい衝動を、ぐっとお腹の底に押し込んだ。
 それにしても遣使ですって? 外交官ってこと?
 あの品性の欠片もない男が?
 巷にいるシャパの商人と、どう違うのよ?
 私は苛立ちながら、早足で銀行を後にした。 ≫ 第22話「外交官のご令嬢」

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